■11

「えー、っと……、おはよう」
「おはよ。遅刻すんのヤだし、早く行こ」
「はあ……」

2009年4月11日


 はばたき学園へと向かう私、と隣の不二山嵐くん。
 何故こんな事になったのか振り返っても、完全に自分のせいで文句も愚痴も言えない。というか出てこない。
 地面にちらばった桜の花びらは、もう人に踏まれて綺麗な色ではなくなっていた。

「なあ」
「……あ、なに?」
「おまえ、元気ないだろ。朝弱いんか?」
「弱くないよ、多分。元気元気」

 足元ばかり見つめていたのが悪かったのか、心配をされた。
 申し訳なく思いながらも否定して、下を向かないように顔を上げる。

 ガードレールの向こうに見える砂浜と、朝日をうつす海は綺麗だった。ずっと眺めていたいと思えるほどの景色に、溜息が出そうになる。
 この道をもう何度か通ったし、この景色も見ていたはずなのに、そう思えた。

「今日は放課後な。逃げんなよ」
「逃げないよ。逃げられる気もしないし」
「ふぅん……ま、これからオレが鍛えてやるから覚悟しろ」
「私、マネージャーじゃなかったかな」
「マネージャーだって体力は必要だろ。あっちこっち走り回ってすぐバテてたら、この先やってられない」

 不二山くんの言うことは正しくないわけではないので、当然頷くしかない。
 そんなに体力に自信がないわけでは無いものの、不二山くんについていけるかと問われればイエスと答えることは出来ない。

「……放課後、教室まで行く」
「え、い、いや、そこまで逃げると思われてるの!?」
「いや、違うけど。待つのが嫌なだけ」
「あ、そうなの……」




困った。

「ねえ紗織? あの子とはどういう関係?」
「相性、占ってあげようか」
「えぇと、そんな特別な関係じゃ……」

 昼休み、朝不二山くんと一緒に登校してきた私を目撃していたというカレンとミヨが、不二山くんのことを問い詰めてきた。

「まだ朝は慣れないって言ったら、起こしに行くって。それで……」
「普通そんなことするぅ〜? 少なくとも、相手は紗織のこと気になってんじゃない?」
「それは無いよ……」

 確かに、朝家まで押し掛けてきた不二山くんには驚いたし、そこまでしてくれなくても大丈夫だと思った。
 だけど、自分が気になるとか、そういったおこがましいことは考えることが出来ない。
 否定しても逆に否定されるという繰り返しにどうしようか戸惑う。諦めてしまえば不二山くんに迷惑がかかってしまうし、このまま繰り返していても埒があかない。

「出た」
「えっ」
「おー? で、結果は?」
「ちょっ、ちょっと待って……言わないでね、ミヨ。お願いします……」
「冗談」

 にこりと笑われて肩の力が抜けていく。ミヨの冗談は怖い、と覚えることができた。
 そうこうしている間に昼休みを告げるチャイムが鳴って、私は溜息を飲み込んで席へと戻った。





「石倉ー!!」
「は、はぁい! ごめんなさい準備しますっ」

 放課後、B組前の廊下から私の名前を叫ぶ不二山くんに間の抜けた力無い声を返しながら慌てて荷物を詰める。
 なるべく速攻で終わらせて不二山くんの元へと走る。犬になった気分だ。

「お待たせしましたごめんなさい!」
「慌てすぎ。もっとのんびりしてても良いのに」
「だって、待つの嫌って……」
「それはなんとなく言っただけ。まあ、そうやって俺のために急いでくれんのは悪くないと思うけどな」
「それなんか怖いです。今日はすること決まってるの?」

 呼吸を整えて、制服のままの不二山くんを見上げてみる。
 不二山くんは昨日と同じように私にプリントを渡して来た。真っ白だった。
 困惑。プリントと不二山くんを交互に見る。

「えーっと」
「部活勧誘プリントの作成。絵とか、女が描いた方が良いと思う、多分……あ、いや、違うな。女子がいるって思わせた方が集客出来んのかな」
「な、なるほど……? ええと、それでいいのかな」
「最初は不純な動機でも、後からオレが徹底的に鍛えてやるから大丈夫。いろんな奴に柔道やってもらいてえもん。できることはなんでもやる」
「そっか。なら、あまり上手くなくても良いなら描いてみるね」

 こんなしがない女子生徒でも不二山くんの力になれるのならば、やらない手は無いも同然。
 そもそも、無理やりとは言え自ら入ったのは私だ。こうやればとことん付き合わせてもらう事にする。





 不二山くんの取る柔道の構えを手本に、鉛筆で絵を描いていく。不二山くんがじっと出来ないからって何度も休憩は挟んだものの、努力の成果もあり、空が暗くなりかけた頃には、部活勧誘として使えそうなプリントが出来上がっていた。
 それを何枚かコピーして、不二山くんとプリントの山を覗き込むと、なんとも言えぬ達成感と共に深い溜息が出てきた。

「なかなかいいな、こうやって見てみると」
「うん! 頑張った……」
「今何時だ? かなりやってたな」
「もうみんな帰ってるかも……、外も暗いから」

 少し上を見てみれば、教室の天井から下がる蛍光灯の光が眩しく感じる。
 なんだかしぱしぱとして目を擦ると、移ったように不二山くんが欠伸をする。

「お疲れ様、不二山くん」
「おまえも。手伝ってくれてありがと」
「そんな、いいんだ」

 久々に達成感なんて味わったから、不二山くんには感謝をしないといけない。
 それでもやっぱり眠くて小さく欠伸をすると、廊下からこちらへ向かって歩いてくる足音が聞こえる。

「あ……不二山くん、もしかしたら下校時間……」
「あー。そっか。ヤバいか」
「ヤバいかも。ええと……」

 あたふたとしている間にも足音はB組へと近付いてくる。
 やがて、教室の前まで来た足音は、そこでピタリと止まる。

「……? 不二山?」
「ん? あ、大迫先生」
「え……あ、」

 聞こえてきた声は聞きなれた低い氷室先生の声ではなく、高く若い隣のクラスの担任の先生の声。
 驚いたような声を出しながら教室内へと入って私と不二山くんへと近付くと、机の上に山積みになった柔道部のプリントを見て声を上げた。

「お、結構カッコイイの出来てるなぁ。手作りだな?」
「はい。石倉が絵描いて、オレが文字。かなりの力作っす」
「これ、不二山の雰囲気っぽくなかったから少しビックリしたぞ」

 プリントを一枚手に取って眺める大迫先生は、遅くまで残っていたことに怒るという本来の教師としての仕事が完全に頭から抜けている。
 わざわざそれを言うのも悪く、にこにこと花の咲いたような大迫先生の笑顔を黙って見つめる。

「石倉は、柔らかい絵を描くんだな。イメージと違ったけど、先生、石倉の絵好きだ!」
「えっ……あ、ありがとうございます……」
「うーん。柔道部マネージャーとして、もっと元気なほうがいいぞ!ありがとうございます!」
「あっ……ありがとうございます!!」
「オォ、やるなぁ!これは先生も負けられないな? ありがとうござ」
「大迫先生」
「ま……ハッ!」

 大迫先生が段々とヒートアップしてプリントを握り締めそうになった時、大迫先生の背後に突然ヌッと大きな謎の闇……ではなく、氷室先生が現れた。
 正確には見回りから戻ってこない大迫先生を心配して回っていたとか、そのあたりかも知れない。
 なんにせよ、悪い予感しかしないわけで。

「……君達二人はこんな時間まで何をやっている? 下校時刻はとっくに過ぎている」
「すみません!! 今すぐ帰ります……不二山くん」
「スンマセン。荷物持ってくる。プリントはー……」
「あ……あの、大迫先生……」

 余分に刷ったおかげで、全部持って帰ることは難しそうだった。ちらりと大迫先生を見ると、大迫先生は小さく頷いてくれた。
 ごめんなさい、ご迷惑をおかけします……。

「校舎を出たら、寄り道などせずすみやかに帰宅するように。いいな」
「はい。……あの、さようなら」
「夜道には気を付けなさい」
「……ありがとうございますっ」















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