■10

「石倉ー!! 石倉はどこだ!!」
「は、はははいっ!!!! ここです!!」

2009年4月10日(金)


 放課後、突然B組の教室の扉を破らんばかりに開けて、私を呼びながら叫ぶ声に震え上がった。
 恐怖から物凄い勢いで立ち上がって返事をすると、私を呼んでいた男子生徒がズカズカと私の席へと近付いてきた。

(怖い。なんか筋肉質だし怖い。すごい怖い。殺される)

 冷や汗が頬を伝う。恐怖。自分が何か悪いことをしてしまったのではと、この一週間を振り返るが、私はかなり平凡に地味に過ごしていたと思う。
 確かに、入学早々ヤンキーで恐れられる桜井琉夏くん、琥一くんと関わりました。転入してきた美少女のつかさちゃんともお友達になりました。世紀のファッションリーダー花椿家の家系のカレンとも、占いでお金稼げそうなミヨとも仲良くさせて貰っていました。
 何かやらかしたというか、恨みを買ったのでは。そんな方向に進む思考を遮るように、男子生徒は私の机を勢いよく両手で叩いた。

「ごめんなさい!!」
「……ん? 何に謝ってんだ?」
「えっ、いや、あの、えぇと、その…………と、ととにかく! 悪い事したなら謝ります! 申し訳ありませんでした!」
「変なヤツ。おまえと話すの初めてだから、オレに悪いことなんてしてない。と、思う」

 深く頭を下げて謝っていると、さも不思議そうな声音でそう言われる。
 声と言葉聞いて、なんとなく理解する。

「……あっ」
「ん?」
「なんでもないです……」

 つり目に逆立った髪、筋肉質な体とクセのある低い声。不思議そうに首をかしげる男子生徒の姿。

「あ。オレ、不二山。不二山嵐、A組な。おまえは石倉で合ってるか?」
「合ってます……けど、あの、なんで名前……?」
「花結に教えてもらった」

 笑顔を向けられ、私も釣られて笑顔を返す。
 間違ってなかった、不二山くんだって。

「これ、おまえに」
「え? 何……」
「柔道部案内のプリント」
「えっ」

 渡された紙に目を通して、不二山くんを見上げる。じっと見つめられていて、つい視線を逸らしてしまう。
 あの。このプリント、何も書いてない。

「えっと……」

 突然の斬新なボケに戸惑って、ツッコミなんてまともに出来そうもない。
 もしかしたら古風に炙り出し式とか、鉛筆で擦ると文字が浮かんでくるとか、そういったものなのかもしれない。

「えー、っと……」
「柔道部におまえを勧誘する」
「はぁ…? どうして、何故唐突に」
「花結誘ったんだけど、他の部活入るって断られた。んで、おまえに言ってみろって言われたから来た」
「…………」

 つまりはつかさちゃんの計らいだと。
 そういえば、つかさちゃんから部活は入らないのか聞かれた気がする。まだ未来のことはわからなくて、入りたいところがないから、と答えた。もしかしたらそのせいかもしれない。

「私?」
「そう」
「えぇと……」
「迷うくらいなら入ったほうが良いぞ」
「何を根拠に……」
「善は急げだ」
「いや…………」

 会話のキャッチボールをしている筈なのに、どことなくドッジボールにもなっている気がする。
 収拾がつかない状態にどうしようと迷っていると、不二山くんはその場に座って机に顎を乗せ、犬のように可愛らしく首を傾げて見上げてくる。

「ダメか?」
「うっ……」
「なあ……おまえしかいねーんだ」
「は!? いやっ、ダメじゃない……です」
「よっしゃ! 言質取ったからな。もう変えんなよ?」
「あっ……! ちょ、ちょっと、」

 絶対にズルい。そんな顔されてそんなこと言われて、拒否なんてできるわけないのに。
 すくっと立ち上がって、私に手を差し伸べる不二山くん。この手を握ってしまうと正式な契約が……。

「握手」
「あの、」
「ほら、おまえも」

 手を握れずに立ち尽くしていると、不二山くんは私の腕を持ち上げて無理矢理手を握り、揺らした。
 強引過ぎる。

「よし、これで今日からおまえは柔道部マネージャー。これ決定な。明日からよろしく」
「よろしくお願いします……」

 名前の通り、嵐のように訪れた不二山くんと同じ部活で、明日からやって行けるのか不安で仕方がない。
 不安を感じ取ったのか、不二山くんはほぼ叩く感覚で私の頭に手を乗せて掻き回す。

「ああ……」
「明日から頑張るんだから力つけねーと。水奢ってやるから、どっかで部についての計画立てよ」
「奢る気無しだね。……付いていきます」
「ん。行こ」




 やるせない気持ちで喫茶店に向かう途中、不二山くんのあの子犬の技はつかさちゃんに教わったと聞いた。

 さすが小悪魔……。










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