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「石倉ー!! 石倉はどこだ!!」 「は、はははいっ!!!! ここです!!」
2009年4月10日(金)
放課後、突然B組の教室の扉を破らんばかりに開けて、私を呼びながら叫ぶ声に震え上がった。 恐怖から物凄い勢いで立ち上がって返事をすると、私を呼んでいた男子生徒がズカズカと私の席へと近付いてきた。
(怖い。なんか筋肉質だし怖い。すごい怖い。殺される)
冷や汗が頬を伝う。恐怖。自分が何か悪いことをしてしまったのではと、この一週間を振り返るが、私はかなり平凡に地味に過ごしていたと思う。 確かに、入学早々ヤンキーで恐れられる桜井琉夏くん、琥一くんと関わりました。転入してきた美少女のつかさちゃんともお友達になりました。世紀のファッションリーダー花椿家の家系のカレンとも、占いでお金稼げそうなミヨとも仲良くさせて貰っていました。 何かやらかしたというか、恨みを買ったのでは。そんな方向に進む思考を遮るように、男子生徒は私の机を勢いよく両手で叩いた。
「ごめんなさい!!」 「……ん? 何に謝ってんだ?」 「えっ、いや、あの、えぇと、その…………と、ととにかく! 悪い事したなら謝ります! 申し訳ありませんでした!」 「変なヤツ。おまえと話すの初めてだから、オレに悪いことなんてしてない。と、思う」
深く頭を下げて謝っていると、さも不思議そうな声音でそう言われる。 声と言葉聞いて、なんとなく理解する。
「……あっ」 「ん?」 「なんでもないです……」
つり目に逆立った髪、筋肉質な体とクセのある低い声。不思議そうに首をかしげる男子生徒の姿。
「あ。オレ、不二山。不二山嵐、A組な。おまえは石倉で合ってるか?」 「合ってます……けど、あの、なんで名前……?」 「花結に教えてもらった」
笑顔を向けられ、私も釣られて笑顔を返す。 間違ってなかった、不二山くんだって。
「これ、おまえに」 「え? 何……」 「柔道部案内のプリント」 「えっ」
渡された紙に目を通して、不二山くんを見上げる。じっと見つめられていて、つい視線を逸らしてしまう。 あの。このプリント、何も書いてない。
「えっと……」
突然の斬新なボケに戸惑って、ツッコミなんてまともに出来そうもない。 もしかしたら古風に炙り出し式とか、鉛筆で擦ると文字が浮かんでくるとか、そういったものなのかもしれない。
「えー、っと……」 「柔道部におまえを勧誘する」 「はぁ…? どうして、何故唐突に」 「花結誘ったんだけど、他の部活入るって断られた。んで、おまえに言ってみろって言われたから来た」 「…………」
つまりはつかさちゃんの計らいだと。 そういえば、つかさちゃんから部活は入らないのか聞かれた気がする。まだ未来のことはわからなくて、入りたいところがないから、と答えた。もしかしたらそのせいかもしれない。
「私?」 「そう」 「えぇと……」 「迷うくらいなら入ったほうが良いぞ」 「何を根拠に……」 「善は急げだ」 「いや…………」
会話のキャッチボールをしている筈なのに、どことなくドッジボールにもなっている気がする。 収拾がつかない状態にどうしようと迷っていると、不二山くんはその場に座って机に顎を乗せ、犬のように可愛らしく首を傾げて見上げてくる。
「ダメか?」 「うっ……」 「なあ……おまえしかいねーんだ」 「は!? いやっ、ダメじゃない……です」 「よっしゃ! 言質取ったからな。もう変えんなよ?」 「あっ……! ちょ、ちょっと、」
絶対にズルい。そんな顔されてそんなこと言われて、拒否なんてできるわけないのに。 すくっと立ち上がって、私に手を差し伸べる不二山くん。この手を握ってしまうと正式な契約が……。
「握手」 「あの、」 「ほら、おまえも」
手を握れずに立ち尽くしていると、不二山くんは私の腕を持ち上げて無理矢理手を握り、揺らした。 強引過ぎる。
「よし、これで今日からおまえは柔道部マネージャー。これ決定な。明日からよろしく」 「よろしくお願いします……」
名前の通り、嵐のように訪れた不二山くんと同じ部活で、明日からやって行けるのか不安で仕方がない。 不安を感じ取ったのか、不二山くんはほぼ叩く感覚で私の頭に手を乗せて掻き回す。
「ああ……」 「明日から頑張るんだから力つけねーと。水奢ってやるから、どっかで部についての計画立てよ」 「奢る気無しだね。……付いていきます」 「ん。行こ」 ・ ・ ・
やるせない気持ちで喫茶店に向かう途中、不二山くんのあの子犬の技はつかさちゃんに教わったと聞いた。
さすが小悪魔……。
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