■09

「行ってきまーす」

 誰もいない廊下に向かってそう言いながら、私は鍵を閉めた。
 今日はいい天気だ。

2009年4月6日(月)・



「コウ、もっと笑わなきゃ」
「ウルセー」

 教室へと入ろうとした時に聞こえた会話に足を止める。

「ホラ、怖がってる」
「知らねぇよ」

 A組の教室前で話す二人の声は、聞き覚えがある。
 金髪とオールバックで、長身の二人組。片耳に揺れて光るピアス。
 喋り方と格好からして、あの二人は……。

「お、おはよう! 石倉さん」
「えっ?」
「あっ、俺、同じクラスの…」
「あ……えっと…?」

 私に笑顔を見せる男子生徒を見つめる。
 入学式の日の自己紹介中はほぼ放心状態だったおかげで、カレンとミヨ以外の人の名前は全く覚えることができていない。

(そ、そうだった! とりあえず名前……)
「ごめんね。良かったらもう一回名前教えてくれると嬉しいんだけど……」
「そ、そうだよね! 俺、」
「おっはよー!」
「ひっ!」

 ちょうど名前を言ってくれようとしたタイミングで、突然背後から抱き着かれて、心臓がどこかへ吹っ飛びそうになる。
 声からして誰かはすぐにわかるが……。

「か、カレン、おはよう」
「おはよう、紗織」
「ミヨも、おはよう」
「いやー、朝から二人が見れて……って、アレ? お話し中だった?」

 私の前で驚いた顔をしている男子生徒を見て首を傾げたカレン。
 男子生徒は、そのまま名前も名乗らず、「また機会があれば」と言い残し、教室へ戻っていった。
 私も、カレンと同じように名前を聞く機会はいつでもあるだろうと首を傾げてしまったが、とりあえず今は教室の中に入って本鈴まで待つべきだろう。




「眠い……」

 復習にはなる。だが、元々習った所を同じように同じ時間習うというのは少し退屈でもある。

 私は欠伸を噛み殺しながら、購買に向かっていた。
 お昼休みに入ると、教室でお弁当を出す生徒も少なくなく、お弁当もいいなあと思った。
 もう少し落ち着いてきたら、家で作ってみようかな。

「石倉さん!」
「はいっ」

 ぽんと肩を叩かれ、振り向くと今日も絶好の美少女が私に微笑みかけていた。

「石倉さんも今からお昼?」
「うん。購買に行くところです」
「本当! わたしもだよ、一緒に行こう!」
「い、いいの? ぜひ……!」
「うん! あ、それと、そんなに怯えないでくれると嬉しいな」
「あっ、ごめん…」

 どうしても美人を目の前にすると少し緊張してしまう。それは花結さんにとっては少し不快だったのだろう。
 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる花結さんに、更に申し訳なさが募る。

「それと、カレンと同じように、わたしのことも名前で呼んでもらいたいな」
「え?」
「わたしも、石倉さんのこと、名前で呼びたいな。……ダメ、かな?」

 小首を傾げて見上げるようにする花結さんに、女の子なのにドキっとしてしまう。そんな風に聞かれてダメって言えないよ!

「わ、私もそれがいい…かも」

 無意識にそんなことを口走ってしまい、花結さんは嬉しそうに手を叩いて笑顔になっていた。




「あ、つかさちゃん」
「琉夏くん」

 購買についた辺りで、前にいた二人組が振り向いて声をかけてきた。それを見たつかさちゃん…は、声をかけてきた二人組に笑顔で手を振った。

「琉夏くんと琥一くんもお昼?」
「うん、そう」

 笑顔で頷く二人組の片方が、私に視線を向ける。黒髪でオールバック、左耳にピアス。じっと見つめられると少し足が竦んでしまう。

「あ、コウが睨んでる」
「あぁ?」

 じっと私を見つめていたコウとよばれた彼――桜井琥一さんは、私から視線を外して桜井琉夏さんを見つめた。
 睨んでない、と反論した琥一さんに笑顔を返した琉夏くんは、私に視線をやり、つかさちゃんに視線を移し、説明を促す。

「石倉紗織ちゃん、B組だよ」
「あ……よろしくお願いします」

 ぺこ、と頭を下げる。

「じゃあ俺らも自己紹介しなきゃ。コウから」
「俺かよ。……ハァ、桜井琥一だ」
「無愛想だけど良い人だよ」

 にこ、と私に笑顔を送ってそう付け足したつかさちゃんに、うんうんと琉夏くんは頷く。その様子を見た琥一さんはペシッと琉夏くんの頭を叩く。

「オマエも余計なこと言うな」
「はぁい。ふふっ」

「じゃあ、次は俺だ。桜井琉夏、つかさちゃんとコウと同じA組。よろしくね」
「はい、…よろしくお願いします」

 なるべく今知ったような素振りを見せつつ頭を下げた。演技が得意じゃないせいか、かなりぎこちなかったのか、はたまた両方なのか、琥一くんが睨んでいると誤解されたらしく、二人で視線を交換していた。

「ごめんね、コウ、強面だから」
「い、いえ……違うんです! 琥一さんが怖いわけじゃ…」
「琥一さんって……」
「あ、あ、えっと……」

 呼び方が気に食わないと言った様子で頭をかく琥一さん、に今度こそ本気で怯えてしまう。

「あ、悪ィ。……同級から名前にさん付けはムズ痒いんだよ」
「は、はい……ごめんなさい」
「あとその敬語、タメ口で構やしねぇよ」
「はい……あ、うん……?」
「ふふっ、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。琥一くんは優しいから」
「不器用なお兄ちゃんでごめんね?」
「ウルセー」

 琉夏くんとつかさちゃんが琥一くん、を見てクスクス笑っているから、私もつい釣られて表情が緩んでしまう。
 と、琉夏くんはそんな私を見てうん、と頷いた。

「やっぱり女の子は笑顔が一番だ」

 それに続いてつかさちゃんも頷いて、私はそこまでひどく怯えた顔をしていたのかと思うと可笑しく思えてきた。




「じゃあ、またね! 紗織」
「うん、またね」

 お昼は屋上まで上がって四人で食べる事になって、今は終わって教室に帰るところだ。
 幼馴染水入らずの所に割り込んだようで申し訳なかったが、三人はお構いなしに受け入れてくれて、なんだか嬉しかった。
 笑顔で私に手を振るつかさちゃんと琉夏くん、その後ろで少し笑ってくれた琥一くんに手を振り返して、教室へと戻った。











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