■07
(さて……)
今日は何をしよう。
2009年4月5日(日)
洗濯物も干した、食器も洗った、だいたい目につくものは全て終わらせてみたら、やることがなくなってしまう。 暇すぎて鼻歌を歌いながらくるりと部屋を見回すと、携帯のランプが緑に光っているのが見える。 携帯を手にとって起動させると、どうやらランプはメール受信のお知らせだったようだ。
「ええっと…………?」
未開封だったメールはどうやら何件かあるらしい。全てはばたきアルバイトNEWSから。 ゲームでは最初から送られてくることは無いのに、これは元の自分が17歳の時点までのパラメータで送ってきているのだろうか? とりあえず一番新しいものを開いてみると、送信元から分かる通りアルバイト募集のメールだ。
「…………」
ベッドに背を預けて机の上の携帯を見つめる。 全てメールは確認して、折角だから紙に書き出して選んでみようと思ったのは良かった。 一つずつメールを開いて確認し、紙にお店の名前を書き出して……そして、今だ。 届いていたメールを4度目に開いたところでまさかとは思ったが。
「全部来てるよ全部……」
アルバイト募集のメールは、二年目以降にしか来ないコンビニのものまで届いていた。 どういうこっちゃ。選び放題かよ。 それなりに自分のパラメータがあることはわかって、少し嬉しかったけど。 こうなったら時給で決めよう、とも思った。が、どのバイト先も時給は同じ。困った。
暫く悩んでみたものの、どこがいいかは全く検討がつかない。 これは実際に見てみよう。 という結論に至り、私はアパートから飛び出した。 ・ ・ ・
で、結局。 歩き疲れた私はふと見かけた喫茶店に立ち寄っていた。 お店の名前は喫茶アルカード、まさかと思って入ってみると、内装はゲームで見たままの落ち着いた雰囲気で、休憩しようと思ったのにも関わらず何故かドキドキする。 そう言えば、ここは蓮見くんとバンビが出会った場所だ。もしかしたら蓮見くんがいたりして。
(とか思うと大体居たりする………あ?)
店内を見回して、一瞬時が止まったように感じる。 喫茶店の奥の席、窓の外を見つめてぼんやりと座る男性に目を奪われていた。 あ、あれってまさか。いやいや。 もしかしたら似た人かもしれない。ごしごしと目を擦っても変わらない男性を凝視していると、視線に気付いたのか、男性は窓から目を離し、私を見つめる。
(う、わ……うわ、)
視線を逸らすことができず、そのまま見つめ合うようになってしまう。恥ずかしい。 にっこりと、目を細めて微笑まれる。綺麗な顔。 ここからは少し遠くてはっきりと見えるわけではないのに、綺麗な顔だと思った。 ドギマギとする私から視線を外し、その人は席を立つ。 そうしてやっと私は我に返ることが出来る。
(び……ビックリした…)
彼は、2に出てきた先輩だ。色素の薄い髪を流して、伏せたような瞳の、彼。
「真嶋…太郎……?」
「へぇ……僕のこと知ってるんだ」 「ひぅっ……」
突然、右耳の後ろ側から聞こえてきた低く、吐息を含んだ声に肩が震える。
「フフ……可愛い声。君みたいな子に知っててもらえるなんて光栄だな」 「っ……! っ!」 「あれ。驚いて声が出ない? そっか、……へぇ………」
じろじろと頭の先から足の先まで舐め取るような視線を向けられて、身体は硬くなるばかりだ。 しばらく見つめていたが、やがて飽きたように私から離れる。
「……、」 「じゃ、僕はもう行くね。またね、ウサギちゃん」
ひらひらと手を振って、また、笑顔を向けて店から出て行く様子をただ見ていることしかできない。
窓の外からも完全に見えなくなると、やっと糸が解けたように私は動けるようになる。
(は、はぁ……)
驚いた。あそこまで急接近するとは思っていなかった。右耳がジンジンする。痺れているようで、無意識に耳に手を伸ばして触れる。 熱い。頬にも触れてみると、同じように熱くなっていた。
「う……」
なんとも言えない感覚に、脳がぐるぐると回る。頭の中にさっきの声が残って、なかなか消えない。
(頭痛い……)
休憩のつもりで寄った喫茶店で、更に休憩が必要な事態が起きる。 なんて、予測もしていなかった。
冷めたコーヒーで、乾いた喉は潤うのか。 ぐるんと回る頭を支えながら、溜息を吐いた。
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