■04

 制服のリボンを止めて、部屋の鏡を覗き込む。おかしなところはなさそう。
 一年半前に同じ事をしたばかりなのに、真新しい制服に見を包むのはやっぱり緊張する。




2009年4月4日(土)


 桜が満開の森林公園の歩道を歩きながら空を仰ぐ。

(この空は本物かな)

 現実世界とよく似た、もしくはそれ以上に白い雲の浮かぶ青空は、偽物とは思えないくらいに綺麗だ。空気も澄んでいて、とても心地が良い。
 視界の端に見えた緑色の芝生は、寝転んだらとても気持ちが良さそう。
 今が登校中じゃなければ、きっと寄り道していただろう。

 今日は4月4日、はばたき学園の入学式の日。
 私ははばたき学園を目指して歩いていた。
 学園へは迷わずにそのまま向かえば40分かそこらで着くが、かなり早めの時間に出てきた。
 もし迷って入学式に遅刻、なんてならないように。それと、少し道草をしていても大丈夫なように。




 はばたき学園は少しだけ上の方にあり、通学には海沿いの道を登っていくようになっている。
 高い建造物があまり無いおかげで、緑や青の自然が映える。

 それにしても、自分がはばたき学園に入学するために、この坂を登る中の一人になるなんて夢にも見なかった。
 この世界に来て数日が経ったものの、ここがはばたき市でゲームの世界だという実感は沸かない。
 RPGのように突然草むらからモンスターが出てきたり、動物や草花が喋ったり異世界を丸出しにしていればまだ湧いていたかもしれないが、流石に勇者と共に魔王を倒して姫を救い出すほどの勇気はない。
 乙女ゲームでも魔法使いや偉人が出てくる物もあるし、もしかしたらそっちの世界に入っちゃった人がいるなら大変かも。
 なんてぼやぼや考えていたら、いつのまにかはばたき学園の校門前だ。





 森林公園の桜も綺麗だったけど、ここに植わってある桜も大きくて綺麗だ。
 入学式と書いてある立て看板に桜吹雪。現実では見た事のない風景だったために少しだけ感動する。

(でも、やっぱり早すぎたかな)

 来る途中にじっくりと街並みを見てきたつもりだったが、家を出た時間が早すぎたみたいだ。
 何人かの生徒がいて賑わっているものの、そこまで多くはない。見てみれば、大抵が親と一緒のようだ。

(そっか。入学式だもんね)

 大体は保護者と一緒……? あれ。そういえば……。
 こちらの世界にいる間の現実はどうなっているだろう。家族や友達のこと、どうしてすっかり忘れていたんだろう。
 携帯のデータは空だった。画像フォルダも、電話帳も何も。メールが一通来ていた他にメールも残っていない。
 家の電話番号や住所は登録しておかなくても覚えていた筈なのに、今はどうしても思い出せない。
 自分の名前や元の世界の景色は覚えているから、記憶喪失というわけではないと思うが、確信は持てない。何か一つでも思い出せるモノがあるはずだと記憶をたどっても何も出てこない。
 思い出せない、というよりは、思い出せそうだが何かが邪魔しているようや感じで。奇妙な経験した事のない感覚でどうすればいいのかもわからない。

(……あぁもう!)

 入学式というおめでたい日に暗い事を考えている自分に少しだけ嫌気がさした。
 深呼吸をして、視線をあげるとちょうど降っていた桜の花びらが頬に乗る。
 元気を出せと励ましてくれている様な気がして気持ちが前向きになる。
 何も思い出せないのは怖いけれど、きっと大丈夫。大丈夫じゃなくても絶対に大丈夫になる。
 少しだけ人が増えたはばたき学園。この中にも仲良くなれる人がいるかもしれない。そう思うと、これから始まるであろう二度目の高校一年生生活も楽しみに思えてきた。










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -