■01

??年??月??日(??)

 人生、一度は思いがけない出来事があるはずだ。
 その思いがけない出来事というものは、生きている中のいつどこで起きるかわからない。でも、いちいち『今日は何かが起きるかも』なんて思いながら生きている人は少ないはずだ。私はもちろん、そんなこと気にせずにのうのうと生きている一人だ。
 だから、あの日、屋上から落ちて異世界に飛ばされるという事態が起きるなんて予測していないし、出来ていなかった。





 頭が痛む。目も眩む。ついでに言うと足も痛む。

 先刻、自分のとった行動と起こった事を思い出す。
 学校の終鈴が鳴った後、私はいつものように購買に向かってあんぱんを買って屋上に向かった。
 屋上のドアを開ける。いつもなら、私はフェンスに背をもたれかからせ、パンの包みを開け、最初の一口を口に運べた。
 今日は何故かそれが出来なかった。なぜならフェンスが無かった。何故だと聞かれても私には答えられない。フェンスが無かったのだ。体に染み付いた行動が出来なかった。その理由はフェンスが無かったから。
 勿論、そのまま私は落下する。自分の死因が落下死なんて嫌だ。そもそも屋上のフェンスがある場所に背預けようとして無くて落下なんてあまりにも間抜けすぎる。
 屋上から落ちる時間がとてつもなく長く感じられた。そもそもうちの学校ってそこまで高くなかったはずだ、と恐る恐る目を開けると、体のあちこちが痛み出したわけだ。

「ん……」

 うっすらと目を開く。と同時に肌寒い風が頬を撫でた。寝惚けた頭は、冷えた風のおかげでだんだんと冴えてくる。
 目の先に先刻食べるはずだったあんぱんを見つけた。
 何故か寝転んでいた私は起き上がってパンまで歩み寄った――ところで、自分がローファーを履いていることに気付いた。とりあえずパンを拾って、あたりを見回す。
 広いグラウンドに、花壇、コンクリートの建物。建物の外観からして、どうやらこれは校舎。ということは、必然的に自分がいる場所は学校ということになる。だが、自分の通っていた学校はもっと違う形をしていたはずだ。履いていた靴が上履きからローファーに変形していた事も気になる。あんぱんを片手に校門らしき場所まで走る事にする。



「……………………」

 驚愕した。驚いた。ビックリした。とても。
 授業中に居眠りし、終鈴を聞いて屋上に向かって落ちた夢を見た私がショックから無意識に彷徨って隣町の学校内に来て力尽きて寝ていた。ならまだ無理やりだが信じられた。
 それなのに。

(…………はばたき学園、って)

 こればかりは信じる事が出来ない。はばたき学園って、はばたき学園って。某女子向け恋愛ゲームに出てくる架空の学園だと思っていた学校が、本当に存在するとは思わなかった。それも、何故かピンポイントで自分がこの場所に居るとは信じ難かった。

(……夢?)

 そうか、これは夢か。そう考えればすべて納得がいく。屋上から落ちた事も、靴が変形していた事も、はば学にいる事も全部、授業中に居眠りした結果だと、無理やりになら信じる事が出来る。
 夢なら夢でいろいろと都合がいいかもしれない。というか良い。ゲームの世界にいる夢はそうそう見ることができない。出来るだけ満喫しよう。自分が見ている夢なら、自分の家だって想像すれば出るはずだ。

(あれ……)

 夢だから、今こうやて意識せずともに足が動いている。

(おかしい……)

 このままいけばきっと自分の家とやらに辿り着くはずだろう。確証は無いけどそんな気がする。だから止めなかったし、止めることもできなかった。





 しばらくすると、何回建てかの建物の前で足は止まった。はばたき学園からは徒歩で大体30分も掛からないくらいだろうか。どうやらここが、夢の中でのマイホームということらしい。
 この建物の二階の端。そこが私の家だ。表札に石倉と書かれている。玄関前までやってきて、ふと鍵の事を思い出す。一応ノブに手をかけて引いてみるが、やはり鍵はかかっていて開かない。持っているものはあんぱんのみで、まさかこれが鍵になるはずもない。
 ポケットを確認しようとして、制服のポケットがある場所に手を移動させる――ものの、そのままするりと落ちてなんとも恥ずかしいミスをした。また再びポケットを見ようとして手を入れようとするものの、またするりと落ちる。

(……?)

 ポケットの位置を見る。おかしい。着ているものも自分が通っていた学校の制服ではない。自分の履いていたスカートも、学校のものではない。

(なんで……)

 不信に思いつつも、とりあえずポケットを探ると鍵は出てきた。まさかとは思ったが、ポケットに鍵をいれるとは無用心すぎる。自分の面倒臭がりな性格が出たのだろうか。





 どうやらマイホームはワンルームマンションみたいだ。キッチンとは分かれていて、そこそこ広くて綺麗。玄関に靴は無く、部屋の中を歩き回っても誰かと住んでいた形跡はないあたり、どうやら一人暮らしらしい。
 洗面所やクローゼット、机の引き出しも見て見たところ、どうやらこの部屋にあるものは全て私が前に使っていたものだ。

 ……それにしても。
 先刻から、いろいろありすぎてとても疲れた。ベッドを視界に入れてしまえば、すぐにでも倒れてしまいそうなくらいだ。
 倒れて……そして、夢が覚めるならそれでもいい、こんな楽しそうな夢はなかなか見られないけど、同時にここまで混乱や驚愕にまみれた夢なら、少し自分合わないかもしれない。そんなことを思いながら、ふっと力が抜けたようにベッドに倒れ込むと、明るくなっていく窓から見える空とは逆に眠りに落ちたのだ。










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