内番というものは、予想していたより楽しいものだ。そもそも、“つまらないもの”だと認識していたのは普段から内番を頼むと大抵面倒くさがられるからで……実際はやりがいのある一つの仕事なのだ。なんだこんなに楽しいんじゃん、なんて甘く見ていると油断が生まれ、その油断が怪我に繋がる。私が今そうであるように。慣れない鎌など使う物ではないと心底痛感していた所で。次から雑草の処理は軍手でやらせようと心に決めた。
 左手首に滲む鮮血を見て、どうしてやろうかと思い悩む。まず消毒をしなければ、でもその前に傷を洗わなければ。洗面所へと向かおうと歩き始めたところで、「どこに行くんだ」と呼び止められた。今日の畑仕事を任せている同田貫だ。

「あんた、自分もやるとか言っておきながらそれはないんじゃないか」
「え?」
「早上がりなんて許されねえぞ。終わるまで部屋には戻らねーって約束だろ」
「ああ……大丈夫、すぐ戻ってくるから」
「はぁ?」

 何のためにこの場を離れるんだと言わんばかりに首を傾げて、ぽんと手を叩けば「なんだ。便所なら言え」とでりかしぃの欠片もない言葉を放つ彼に「違うよ」と一喝。

「なら何だよ。サボるんだろ? うちの主は自分の言ったことも守れないのかよ」

 やれやれと態とらしく肩を竦めて呆れた様子の彼を見て。袖を捲った左腕をずいと差し出した。大股で歩き寄って来た彼は、私の左腕を掴んで滴っていく血を指でなぞると小さく笑った。彼の褐色の肌に鮮やかな色の血がよく映えていて、ふと戦帰りの格好が脳裏に浮かんだ。敵の返り血を受けて真っ赤に染まった甲冑を嫌々と脱ぎ捨てていた彼と、目の前の彼はまるで別人のようだ。くつくつと喉を鳴らして笑った彼が「ちっと不器用すぎるんじゃあねーかぁ?」等と言うものだから、ついむっとしてして顔を逸らした。

「こんなのかすり傷だよ。唾つけとけば治るの」
「はぁ? なぁに言ってんだあんた」
「いつも同田貫くんが言ってるんじゃん!」

 心底呆れたように見下ろしてくる彼にますます反抗的な態度を取ってしまう。治るったら治る、治るわけがないだろと無意味な言い争いをしていれば、一際おおきな溜息を吐いた彼が諦めた様子でその場に膝をついて、左腕の切り傷へと口付ける。

「うわわっ……!?」
「治るんだろ? だったら治してやるよ」
「ばか! ばっちいよ、離しなさい!」
「いつも俺の手入れしてくれてるあんたへの礼だ」

 滴る血だけを舐めていた舌は、赤い血の跡を辿って傷口まで。擽ったい感触からヒリヒリとした痛みを伴うようになり反射的に体を強ばらせてしまえば、ついに声まで出して笑い始めた彼をぺしりと叩いた。満足したとばかりに立ち上がって口元を手の甲で拭った彼は、私を洗面所の方角へと向けて背を押す。

「ほら、さっさと戻って短刀あたりに世話でもさせてやれ」
「同田貫くんは……」
「あんたがサボる分の仕事が増えたんだよ、怪我人は邪魔しねーように戻れ」
「う、うん……」

 笑顔はとっくの昔に消えてしまったようで、またいつもの無表情で私をしっしと手ではらって、仕事へと戻ってしまった。声をかけてもそこから何か反応がある様子でもなく、大人しく本丸へと向かう。私の戻りを迎えてくれた短刀は怪我に気付くとあたふたと慌てて、ばたばたと処置の準備をしてくれている。その様子が先程の彼とは正反対に可愛げがあると笑ってしまったのは、私の中でだけの秘密だ。

(50.弄ぶ)

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