「すき」
ふ、と。振り向いた君の柔らかな髪が揺れた。
「だよ」
突然のことにも驚かず、笑顔で君は「ありがとうございます」なんて返してくる。無鉄砲に飛び出した言葉に後悔など無いけれど、君に対しての不満は少しだけあった。
笑顔で君は、「ぼくも」なんて返してくる。そんな事も爽やかにやってのける君なんて、私には不釣り合いだ。なんて思ったのは今ので何度目になるだろうか。
毎度のように髪から滴る水だって、先刻まで何をしていたか聞かなくても分かるほど湿っている制服だって。太陽に反射して眩しいくらいに輝いている事は口に出さなくても。
犬のように頭を振ったときに飛び跳ねて、雫が私の制服に染みを作ってもおかまいなしな無神経な君は、どうやったって私とは不釣り合いだ。
「どうかしましたか?」
「どうもしてないよ」
「そうですか…じゃあ、『ちゅうしょく』をとりましょう」
びしゃびちゃの手で私の服を掴んで、校舎へと向かっていく君に合わせて足を動かす。このままじゃ、また椚先生に怒られちゃうな。私の心配にも気づく事なく、廊下に水たまりを作っていく。
水たまりをふんで、私の靴だって濡れている。掴まれた制服だって、染みが広がっていく。
「いただきます…♪」
私を食堂の席に座らせてそのまま歩いて行き、少しした後に二つのお皿を持って戻ってきた君は、私の前と自分の前へお皿を置いた。
私のお皿には、未だに口にした事がなかった『アクアパッツァ』なんて小洒落たものが。一人で黙々と食べ進めている合間合間に、私に視線を向けて笑顔を送る君に何の反応もできず、フォークを手に取った。
「おいしいですか?」
「うん」
「ふふ」
短い会話を何度も繰り返していると、お皿の上は綺麗になる。
「『ひなたぼっこ』しましょう」
これまた唐突に。
グラウンドまで連れ出され、芝生の上へと座り込む。だいぶ乾いた君の制服と、もうすっかり乾いてしまった私の制服に出来ていた染み。雲が動くと、私の上へと日が差して眩しかった。
目を細めていれば、隣から笑い声が聞こえてきた。
「『おさかな』とはちがいますね」
なんて。なんて腑抜けたことを言うのか。
「『おさかな』とはちがうけど、『かわいい』ですよ」
君の笑顔は、太陽よりも眩しいから。瞼を閉じたくらいでは遮ることなんて出来ないのに。
「だけど、すき」
「ぼくも『すき』、です」
笑顔と太陽の組み合わせは、もっと眩しい。
(73.眩しがる)