カーテンが揺れた際に出る、鳥の羽ばたきのような音を聞いていた。

「し、失礼します。先生は……あ、あれ、いない?」

 ベッドに腰掛けてぼうっと窓の外を眺めていると、保健室の扉が開いてオドオドとした男子生徒の声が聞こえてくる。
 中途半端に閉まったカーテンの隙間から覗いてみると、臙脂色の頭がキョロキョロと動いているのが見えた。

「怪我?」
「わっ!」

 カーテンを開けて、その男子生徒に声を掛けてみる。
 地面から浮いたんじゃないかと思うほどに飛び上がって驚かれて、申し訳なく思えた。

「驚かせたみたいで、ごめん。先生は今居ないから」
「そ、そうなんだ。えぇと、こちらこそ、大袈裟に驚いちゃってごめんなさい……」

 彼には非がないのに、何故謝られるのだろう。少しだけ心地が悪い。
 ベッドから降りて男子生徒に近付く。

「怪我したの? それとも、体調不良?」
「あ、け、怪我……」
「見せて」
「えっ? ……うん、ここなんだけど」

 差し出された私の手のひらの上に、数センチ浮かせて手を置いた彼の手首を掴んで、傷口を見ようと顔に近付ける。
 手のひらに擦りむいたような傷がついていて、うっすらと血が滲んでいる。きっと、転ぶか何かにぶつかった拍子に擦ったか、そのあたりだろう。

「もう血は止まってるみたいだから、傷口に付いてる埃とか洗い流そう。その後にワセリン塗って……うん、絆創膏でいいか」
「あ、うん……じゃあ、洗ってくるね」
「待って」

 そのまま保健室を出て行こうとする男子生徒の、傷が付いていない方の手を掴んで引き留める。
 ベッド脇に乱雑に放っていた上着を着直して、手を引いて保健室を出て水道へと向かう。

「え、っと……洗えばいいんだよね」
「うん。自分でいいって思うくらい洗ってみて」
「わかった」

 蛇口をひねって、流れる水に手を当てた男子生徒は、もう片方の手で傷口をゴシゴシと擦り出してしまう。
 慌てて手首を掴んでやめさせて、男子生徒の顔を見ると目頭が赤くなっていた。

「なっ……なんで自分で痛いようにしてるの」
「バイ菌は落とさなきゃって……」
「落とさなきゃいけないけど、あまり強く擦るとまた血が出てきちゃう。優しくでいいんだよ、泣きながら手洗わなくても」
「うう……ごめんなさい……」
「いいよ、謝らなくて。……ごめんね、私の言い方が悪かったんだ、泣かないで」

 眉尻が下がっていくのを少しでもあやせないかと、頭を軽く撫でてみると、犬のように大人しくなって目を伏せた男子生徒。なんだか妙な気分になりそうで、視線を逸らして蛇口を緩める。
 勢いの弱くなった水を片手で掬って、彼の手のひらの傷口にかけていく。



「このくらいでいいかな。痛くなかった?」
「うん、全然。いつも自分でやってるのと比べたら大違いだよ!」

 笑顔を向けられて苦笑を返す。
 改めて顔を見ると、なんだか覚えのある顔つきと雰囲気がする。

「あ、あのね、キミって岩月さん、だよね……?」
「そうだけど……君は同じクラスの……」
「う、うん。宇多野だよ。僕なんかの名前、覚えてもらえてはないと思うんだけど……」

 俯いてマイナス発言をする彼のその様子には覚えがあった。
 4月の自己紹介の時に、あの色濃いクラスメイトに囲まれてオドオドとしていたのを思い出す。

「准」
「えっ!?」
「違ったかな、名前。准くん、だよね」
「そ、そうだよ! わ、覚えててくれてる人がいたんだ……!」

 パッと顔を上げて心底嬉しそうな顔をした准くんに口元が綻ぶ。
 反応が驚くほど素直だ。私が声をかけた時も、傷口を洗っている時も、頭を撫でた時も思った事だが、すぐ気持ちが声や顔に出てしまうタイプなのだろうか。

「准くんはどうして私の名前知ってたの?」
「? キミが気になってたから、名前覚えてただけだよ。変、かな……」
「変ではないと思う、でもどうして? 私、目立たない方だと思うけど」
「そ、それは……えと、雰囲気、かな」

 自分で言っていて恥ずかしくなったのか、合っていた視線が准くんによって合わなくなる。

「雰囲気? そうなんだ。私と同じだね」
「同じ?」
「うん。君の雰囲気。見守りたいというか…むしろ守ってあげたい感じの……」
「そ、それって何だか複雑だな……」
「良く言えば甘やかしたくなるような雰囲気だから、喜んでいいんじゃないかな」
「そ、そっか。悪く言った時がすごく不安だけど、君がそう言うなら褒め言葉として受け取るよ!」


  柔らかそうな髪をふわふわと揺らしながらそう笑う准くんの表情を見ていると、また保健室の扉が開いて男子生徒が入ってくる。

「お。ここにいたのか、准!」
「あ、か、風原くん」
「ん? 岩月もいる。……あ! もしかして俺って邪魔者? 悪い!」
「ち、違うよ! ただ話してただけだよっ」

 さらりと私の名字も口に出してわざとらしく慌て出す長身で声の高い風原……麻耶くん。とりあえず准くんの言葉に頷くと、麻耶くんははは、と笑った。

「冗談、冗談。それよりお前ら、もう昼休み終わっちゃうぞ。2人でサボるなら俺から先生に……」
「だ、だ、だから違うんだよっ……も、もう戻るから……! ね、……岩月さんも戻るよね?」

 椅子から立ち上がって麻耶くんに反論し、助けを求めるように私に振り返った准くんに頷き返して立ち上がる。
 時計を見てみれば、確かにもう昼休みは終わりの時刻だった。

「なーんだ、つまらないなー。んじゃ、戻るか!」
「う、うん……行こう、岩月さん」
「うん」

 犬の尻尾のように揺れる准くんの後ろ髪を眺めながら、私は保健室を出て教室へと向かった。

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