前方にターゲットを発見。

「やーなーぎーさー」
「止まれ」

 大きく腕を広げ、ターゲット--柳さんに急接近していた私に、柳さんはいとも簡単に静止を促した。
 無理やり足は止めたものの体は止まってくれず、前につんのめった私の両肩を支えて立たせてくれた柳さんが、一つ溜息を吐いた。

「何も考えずに走るからだな。危ないだろう」
「だって」
「だって……何だ?」
「柳さんがいたから……」
「…………」

 当たり前の事を当たり前に口にすると、柳さんは呆れたような顔をして私を見る。
 もしや、私が何かやらかしてしまったのではないだろうか。だが、思い返しても私はいつも通りなはずだ。
 いつも通り登校して、いつも通り授業を受けて、いつも通り柳さんに会いに来ただけだ。
 一体、それのどこが悪い事なのだろうか。

「ここはどこだ?」
「え……? 立海大附属ちゅ」
「質問を変えよう。お前が立っている場所は何をする場所でしょうか」

 そういって、手に持ったラケットをゆらゆらと揺らした柳さん。
 私はあたりを一通り見回した。

「テニスをする場所……です?」
「正解だ。さて、相手側のコートにいる人の顔に注目してみよう」
「? 真田さん……ですよね? 柳さんと同じテニス部の……」

 離れた場所にいる真田さんをじーっと見つめた後、柳さんに視線を戻すと、柳さんはさっきよりも更に呆れたような……と言うよりかは、いつも以上に無表情で明後日の方向を見つめていた。
 私とのやりとりはやはりつまらないのだろうか。昔は今よりももっと仲良くしてくれていたはず。
 まだ小さくて、おかっぱ色の強い柳さんを思い浮かべる。そう言えば、真田さんもよく一緒にいた記憶がある。

「物分かりの悪いちあきに良いことを教えてやろう。今は放課後、テニス部は絶賛活動中だ。そして、俺は部の名の通りテニスをしていた。相手は立海テニス部の副部長だ。このことを踏まえた上で質問です。そんな相手と俺が打ち合う球が、コートに走りこんできたちあきに当たったらどうなるでしょう」
「怪我……する?」
「怪我は勿論するだろう。だが、怪我ではすまない。ちあきの怪我を治す治療費は、お前の両親から出る。その上、怪我をしたちあきの面倒を見るのは俺だ。そして更に、ちあきが今のように元気に俺のそばで立っていない場合、俺の心理状態は台風の日の海よりも荒れてしまう。これによりテニス部の活動に支障が出てしまうな?」
「……う、うん……?」

 私を見下ろして、真剣にクドクド話している柳さんは、私が何を言ったところで離してはくれないだろう。
 今までの経験から、柳さんが私にクドクド話しているときは、大抵の場合、話し終わるまで離してくれない。逃げようとしても無駄だ、更に話が長くなるだけだった。
 柳さんを見かけた嬉しさに心が踊って、周りが見えていなかったな……などと見上げた先の柳さんのよく動く口を見ながら反省する。

 ……でも話は長すぎるよね。

 同じテンポ、同じ高さで繰り出される柳さんの説教アタックは、側から見ていた真田さんでさえも怖気付くほどだ。よっぽどなのだ。
 昔、話が長すぎてウトウトしていた私に降りかかったのは今より酷く長い説教だ。
 最終的には、私の働いた悪事とはかけ離れた説教に移行し、普段の冷静で真面目な柳さんとはなんなのかと不思議に思うほどだ。
 私は柳さんより年下で、昔から世話ばかりかけてきたのもあるのだろうか。中学生に上がった今でも、私のことを年下で子供のように扱う柳さんの癖のような態度は抜けていない。

「……ちあき」
「あ、は、はい」
「別の事を考えていただろう」
「えっ……そんなことないよ」
「…………」

 完全にバレている。

「……まあいい。残りは帰ってからだ。コートで説教をしたところでテニスにはならないからな」
「……うん……じゃあ私、もう帰るね」
「待て」

 なるべく早くと入ってきたコートに背を向け、なるべく早くコートから出ようと走り出そうとしたところを引き止められて、今度は後ろに倒れそうになった。
 お決まりのように柳さんが支えてくれてなんとこ転ばずに済んだものの……。

「家まで寄り道はしないこと」
「うん」
「ほら」
「……何?」
「指切りだ。約束事はいつもこれだろう」

 ひょいと簡単に私に向かって小指を立てた柳さんの目は、さっきよりも随分と穏やかで、ムッとしつつもついつい小指を絡めてしまう。
 満足そうに指切りげんまんを歌い終えると、私の頭をポンと撫でてくるりと右回れをさせて背を優しく押してくれる。

 私は少しだけ柳さんに振り向いて、ちょっとだけ溜息を吐いたフリをして校門へと走った。




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