「オイ、クソ女。なんで小春に触」
「女の子をそう言う呼び方したらアカンって言うてるやろ、ねえ。ユウくん?」
「ごめんなさい、小春……」

 この間のク……怖いバンダナの人に睨まれているのも、小春姉御の笑顔を見ればなんともないように思える。
 今日もまたズルズルとテニス部へと引きずり連れてこられた私は、やる事もなくぼーっとコートを見ていた。そこに大天使ヴィーナス・金色先輩がやってきて、暇ならお話ししようと誘って下さったのだ。
 小春姉御は天使か。天使だな? 天使以外の何なのか。

「……顔になんかついてるかしらね」
「あ……ううん、そんなことっ……素敵な笑顔だなって思って……」
「あら! なんや、うちを喜ばせてどうする気なん? んも〜、素直な子はかわええねえ」
「そんな、ん痛ッ! イッ……ダ!!」
「フン」

 足の爪先に来た突然の痛みに不意を突かれ、とても女の子とは思えないようなお淑やかではない声が出てしまう。
 私の足を思いっきり踏み付けながら勝ち誇った笑みをしたバンダナの人を見ていると、悔しくて涙が出てきそうになる。
 本当なら平々凡々な毎日を送る筈だったのに。中学校に上がった途端変な先輩から絡まれるわ、その変な先輩の友達らしき人に苛められるわ、友達は何も信じてくれないわでまさに踏んだり蹴ったりだ。

「もう……ほら、うちのハンカチ使って?」
「ありがとうございます……」

 天使。天使がいる。
 思いっきり踏みにじられている片足の痛みも吹き飛ぶほどの天使。最高。


「桜庭さん! やっと休憩もろた!! 寂しい思いさせて堪忍な、俺の胸に飛び込んで…………ってユウジ、お前何してんねん」
「白石やないか、キショい事言うて残念なイケメンやな、お前」
「おおきに……やないねん! なんで桜庭さんの足踏んでんのか聞いてるんや!! 桜庭さんの白くて細くて綺麗な足を!!」
「ホンマにキモかった、どないしよ。この中にお医者様はいませんか」
「せやな。桜庭さんの傷付いた足を癒すお医者様が必要やな。俺がお医者様です」

 真顔で挙手して発言した白石先輩が私の元へ近付いて、足に乗っていたバンダナフットをどかし、スルスルと流れるような動きで私の靴下と靴を脱がせていく。

「……ハッ? あ、触んな変態!!」

 余りにも自然な動きだったおかげで一瞬この異常事態に反応出来ずにいた。
 丸裸にされた私の足の甲は薄く赤くなっていた。バンダナの人が容赦しないから。

「ホンマに怪我してるわ……じっとしとき?」
「い……チョッ……アッ! うわ、離してください! 嫌!」
「ん……? そんな暴れたら治療出来へんやろ? 痛いんは分かるけど、ちょっと落ち着き」
「私が悪いみたいな言い方しますねあなた! ちょっと! 触るな舐めるな近寄るな! ワァァァ!!」

 がっしりと足首を掴まれて立ち上がろうにも立ち上がれない状態で椅子に拘束されている私は、助けを求めようと周りを見回す。
 先ほどまで居たバンダナの人は、小春姉御を連れて汚いものを見るような目をして距離を置いている。助ける気無しだ。小春姉御が心配そうに見ている。虚しい。
 コートには私と同じ一年生らしき赤髪の子が不思議そうにこちらを見ていた。助けを求めようと片手を伸ばそうとすると、赤髪の子の近くにいた背と身体がビッグな渋い部員がくるりと前に回り込んで赤髪の子と私の視線を遮る。
 望みゼロ! もうなんだこれ!

「あの!! いい加減やめてくれませんかね!!」
「照れ屋さんやなあ。ま、気も済んだし今日はこのくらいで充分やろ。家帰ったらちゃんと治療するんやで?」
「……あの、そういう突然の優しい言葉に私がドキッとすると思ったんですかあなたは」
「え、なんでせえへんの」
「逆になんですると思ったんだよ!! ……もう帰らせてください!!」

 白石先輩が私の手首を解放したと途端に、側に置かれていた靴と靴下と鞄を持ち上げて、私は裸足の足裏が痛いのも気にせず家へと走った。




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