「財前くん」
 金曜日、昼休み、昼食を取ることも怠く感じ机に突っ伏していると、頭上から声が掛けられた。顔をあげて声の主を確認してみると、同じクラス、都会から最近転校してきた女子生徒。委員会が同じなだけで、ほかの女子生徒より少し俺と距離が近いくらいに居たやつ。いきなりなんだ、と言いそうになるのを堪えて、相手が次の言葉を発するのを待つ。

 しばらくの沈黙、耐え切れなくなったのか向こうが眉を潜めた。そっちから話しかけてきたくせに、要件も言わずにそんな顔をされても困る。まるで俺が悪いみたいになってる事が、気に食わなかった。
「財前くん、日曜日空いてないかな」
 これは所謂デートのお誘い、ってやつか。なのに何故いきなり誘われたのかがよく分からない。理解し難い行動に俺は少し戸惑う。顔には出さないけど、そんなことを思いながらじっと相手を見つめる。また相手が眉を潜めた。癖なんだろうか。

「空いとる」
 今度は俺が折れた。俺が言葉を発したことに少し驚いた様子の相手はその言葉を聞くと口角を上げ笑った。案外嫌いじゃない顔。
「日曜日の15時、駅前に来てくれるかな?」
「…ええけど」
 首を傾げながら俺のことを見つめる相手は、本当に嬉しくて笑っている様にみえて、正直面倒だと感じていた日曜の予定も、少しは悪くないかと思えてくる。お互いにあまり知らない者同士のくせに、いまここでそんな約束をしている事自体俺には好ましくないことなのにどうやら今日は何かが変らしい。

 土曜日は昼まで部活。明日の事を考えているとあのアホのスピードスターから声を掛けられた。
「財前、お前今日調子悪いんとちゃう?」
「うるさいわ謙也さん。朝からギャーギャー猿みたいに騒いでますね。俺に構っとらんで自主練したほうがええんちゃいます?ほんまうるさいっすわ。あのエクスタ部長よりうるさいとかほんま、」
 謙也さんは、と言いかけたところでいつの間にか後ろに立っていた部長から口を塞がれた。なんなんだ、気持ち悪い。自分の口元に当てられていた部長の手を退かし謙也さんを一睨みして部室に戻る。
 いつもとは少し違った。謙也さんから調子悪いと言われたときは正直動揺した。明日の事を考えている時にあの謙也さんの言葉はタイミングが悪かった。確かにいつもより練習に身が入っていなかったかもしれないけれど。

 そんなもやもやした気持ちのまま、日曜日。指定された時間より早く駅前に着くと桜庭はもう来ていて、俺に気付くと嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。
「…かわええ人」
 つい口から出た言葉に自分でも驚いた。向こうには聞こえていなかったようで首を傾げて上目に俺を見てくる。無意識なのだろうか。…タチが悪いやつ。
「ほな、…行きましょか」

 歩く相手のメートル後をついて、辿り着いたのは最近女子生徒の間で話題になっている喫茶店。外観はピンクやらオレンジやらの暖色系で暖かい雰囲気を醸し出している。
 店のドアを開け中に入ると途端に鼻につく甘ったるい香り。相手が着いた席の向かいに座ると少しもしない内にメニュー表と小さなコップに入った水を店員が運んでくる。ごゆっくりどうぞ、と残しその席から去っていく。
「財前くん、これ」
 最初から決まっていたのか、メニュー表を開くことなく俺に渡してきた桜庭に驚きつつも受け取って適当な所を開いてみる。丁度和のページだったらしく、抹茶や小豆といったワードが目に入ってきた。その中から一番目に付く宇治抹茶パフェをじっと見つめていると小さな笑い声が聞こえてきた。
「店員さん呼ぼうか?」
 俺が小さく頷くと相手はテーブルの端に置いてあった丸いボタンを押した。

 暫く…もしないうちに小さなボタンがついた機械を持ってきた店員に先ほどの和菓子の名前を告げると桜庭は続けて甘そうなメニューを言う。一つ礼をした店員は去っていく。
「財前くん、甘いもの好きなの?」
「…嫌いやないけど」
「そうなんだ」
 意外そうな顔をして小さく俯く桜庭から視線を外すと窓の外を眺めた。甘いものは好物、…そう言うと大体返ってくる答えは意外だ、という言葉。そんなに俺は甘いものと関わりが無いように見えるのか、いつもの冷めた態度から甘いものが考えつかないのか。

「それなら、私と同じだ」
 不意に聞こえてきた言葉に少し驚いた。同じ…何気に初めて言われた言葉かもしれない。
「じゃあ、また誘ってもいいかな?」
「…え」
「財前くんが良かったらだけどね」
「別に…誘うんは勝手にしたらええやろ」
「ありがとう」
 俺の素っ気ない態度にも怯まずに嬉しそうににこにこと微笑む桜庭を見ていると、なんだか不思議な気持ちになる。今ままでに無いタイプだからだろうか。…調子が狂う。もやもや、とした何かを振り払おうと水を口に含んで胃に流し込むと一つ息を吐いた。

「財前くん」
「…あ」
 ちょん、と俺の肩に感じた感触に我に返ると、机の上にはパフェが二つ。俺がぼーっとしている間に運ばれて来たらしい。
 傍らに置いてあった持ち手の長いスプーンを手に取るとパフェの頂上をつんとつついた。その行動を見た桜庭も手を合わせて小さく頭を下げると同じようにスプーンを手に取り苺を掬って口に運んだ。

 桜庭は再び手を合わせて頭を下げる。礼儀正しい人、と思いながらそれを見つめていると視線に気付いたのか顔を赤くし俯いた。視線を逸らすとほっとしたように息を吐いて顔をあげる。百面相か…。
 甥と家族への土産として小さなケーキをいくつか買い店を出る。
「…どないする?」
「何処かに行けそうも無い、かな。ケーキ買ったみたいだから」
「ああ…」
「じゃあ、私は此処で。今日はありがとう!」
 くるりと振り向いて歩きだした桜庭。嘘やん。菓子食って終わりって、それは無いやろ。声が出る前に手が動いて、気付いた時には、引き止めるように腕を掴んだ俺を不思議そうに見上げる桜庭の顔が目前にあった。


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