「桜庭さん! テニス部部長の白石やで!」
「同じく2年の白石部長とは違ってイケメンな財前や、部活行くで」

 教室中が黄色い悲鳴にまみれたと思えば、小っっっっっさく聞こえた声に、納得したが頷く気力もない。
 今は放課後、疲労から帰りのHRが終わる頃には、私は全身の力が抜けて指先すら動かしたくない状態になっていた。
 何故って、理由はテニス部しかない。1年の教室だというのに堂々と入って、女の子たちから可愛く纏わられているあの外見オンリープリンスたちだ。

「ぱくぱく」
「しね」

 その動かしたくなさすぎて、机から放り出していた指先をピアスじゃら男に噛まれると、私はほぼ脊椎反射的に短く二文字の返事をしていた。

「ほら財前、羨……早う部活行かなオサムちゃんに怒られんで」
「チッ……」

 バァァァンとめちゃくちゃうるっさい音がして、これにはさすがにスルーしきれず顔を上げると、目の前にいたと思われる白石さんの美形がテニスラケットによって見事に変形していた。
 テニスラケットが飛んできたと思わしき方向に顔を向けると、視界に入るのは某速星さんの投球後のポーズ。
 それを見れば頭が回らない私でも何かあったかはだいたい理解が出来るわけで。

「ナイス! 変態の忍足さんナイス!!」
「うわー、部長の顔がバナナみたいになっとる……うわー」
「なんで? なんでなん? 俺桜庭さんを部活に連れて行こうとしただけやない?」

 私を見て爽やかに口角を上げた変態の忍足さんが、こちらに歩み寄って少しだけ不機嫌そうに私を見下げる。

「大丈夫か? 変なことされてへん?」
「いえ、されましたけど」
「俺がな」

 ドヤ顔で、俺のものやでとでも言いたげに私の指先に頬擦りをする財前(一応先輩)のその頬を思いっきり抓った。


「ん〜! 桜庭さんが見ててくれるって思うと色々燃え上がるわぁ!」
「ホンマ。これだけは腹立つけど部長に同意っすわー」
「………………」
「………………」

 足と手を縛られ、テニスコート端のベンチに横たわっている私は、身動きも取れず、ほぼ死んで腐っているのではないかと思われるほどの真顔で彼らテニス部が部活をエンジョイしやがるのを見ていた。
 少し遠くからは数人の女の子があのゲスプリンス白石とエロプリンス財前の打ち合いを見て、それはまた天にも届きそうなほど高い声を上げていた。
 それはいいけどなんで一人も私に触れないわけ? あなた方の好きなプリンスたちがテニスしてる傍で拘束されてる一生徒は目に入らないんですか?
 それと。

「か弱い少女は転がっているベンチの横にふんぞり返って座っているそこの貴方、すこしは私に触れろよ」
「…………」
「聴いてるんですか!? そこのバンダナの貴方!!!」
「ギャーギャーうっさい死ね。小春がテニスボール打つ音が聞こえへんやないか、死なすどボケ」
「うーわ超口悪い…………あの変態もだけど、この口の悪さも流石四天宝寺テニス部……怖い。中学校って怖い」
「…………」
「ヒェッ……」

 バンダナの人は、私のことを真っ二つにできそうなほど鋭い三白眼で睨みつける。怖いこの人。
 誰か誰かとコートの方をできる限りの範囲で見回していると、ベンチに近づく足音と、どうやら隣の人が立ち上がった時に舞い上がったらしき砂埃に咳き込んでしまう。

「小春
「あらユウくん、見ててくれたの?」
「勿論やで! 小春はテニスしとってもカワエエわぁ〜!」

 砂糖が口から出てきそうなほど甘ったるい声が頭上から聞こえてくる。
 まさかと思い見上げてみると、さっきのガラと口が超悪い緑のバンダナの人が、坊主頭で細身の眼鏡の人にめちゃくちゃ花が飛びそうな笑顔を向けていた。
 え、何? 二重人格か何か?

「ユウくんどうもね えーっと、それでずっと気になっててんけどな、こちらさんは何方やろか?」
「はぇ? ……ああ……なんやお前まだ居ったんか」
「」

 私が視界に入った途端に豹変する顔に再びヒェッと声が出そうになる。
 私を見つめてくる眼鏡さんも何だか怖くて目をそらすと、はっとしたように私の横たわっている前に屈んで手首と足首に回された紐かロープに手を伸ばし、優しく解こうとしてくれる。

「あ、あ、」
「結構カワイイ顔してるやないの。なんでこんなところに縛り付けられてるん?」
「あ、え、えっと……」
「ほら、縛ってたんちゃんと解いたから……あぁ、少し赤くなってしもてる、大丈夫?」
「え、は、はい……」

 異常なほどどもりまくる私に優しく笑いかけてくれた眼鏡さんは、赤くなっているらしい手首を優しく手のひらで撫でてくれる。まるで痛みをどこかに消してくれようとしているみたいだ。
 それを数回、両の手首と足首に繰り返して、満足した表情になると、私の髪を壊れ物でも扱うような仕草で、癖をついていた場所を手櫛で直してくれた。

「あ、ありがとう、ございます……」
「ん? ふふ、ええのええの、気にしたらアカンで? こんな酷いこと誰がやったの? お姉さんに話して?」
「え、ええっと……あの、その……」

 あの偽プリンスとは大違いの性格と表情、態度にどぎまぎしてしまった私は、ちらりと私(というか眼鏡さん?)の方を恨めしそうに見つめる財前と白石……さんに視線をやる。
 それで察してくれたらしい眼鏡さんは、ちょっとまってて、と私の頭を撫でて立ち上がり、そのふたりの方へと歩いていく。
 無意識にホッと、安堵の溜息が漏れる。

 なんだか、嵐と台風と雷とが一度に来て過ぎ去ったような感覚だ。





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