最近ふと思う事がある。

 それは、数ヶ月前に私と恋仲になったテニス部員、一氏ユウジという男が、どうして私と恋仲になったのか――そして、どうしてその理由もわからないまま恋仲になって、そのまま進展もないこの状態が何故数ヶ月も保てているのかという事。
 一氏ユウジという男が、何の意味あって私と交際しているのかまったく理解が出来ない。女の子らしくもない、頭がいいわけでもスポーツ万能なわけでも、美人なわけでもない、こんな平々凡々な女子中学生のどこが好きだと言うのか。

 付き合い始めたのは、一氏ユウジが私に頭を下げてまで付き合いたいと言ってきたから。放課後の体育館裏と、まぁなんとベタなボコり場所に呼び出され、突然告白されたわけだ。好きな人も居なければ、別に一氏ユウジが嫌いなわけでもなかった私は、なんとなくOKを出して、そこから形は恋仲ということになった。
 今までに男性とお付き合いした事など無い私だったが、好きでも嫌いでもない同級生に告白されアワワどうしようと可愛らしく慌てることは無かった。逆に冷めていた。冷静に一氏ユウジの思考を読み取ろうとしていた。
 今思い返しても、本当に可愛くない女の子だ。

「帰るど」

 淡々と脳内で語り続けていると、頭上からお呼びがかかる。一氏ユウジだ。
 放課後に部活が無い日は毎日、こうやって共に下校することになっている。何故だかはわからないし、いつからこうなっているのかも思い出せない。



「…………」

 元からそんなにぺちゃくちゃと喋る方ではなく、騒がしい女の子の輪に入っても大体話を聞いて頷くばかりな私が、沈黙の中質問を投げかけるなど気の利いた事など出来るはずも無く、一方一氏ユウジも騒がしいと言えば騒がしいが、同じ部活の仲間らしい金色小春以外とはそこまで話すことも無く、毎日の下校も二人無言だった。
 ぼけーっといつも通り家までの道の歩みを進めていると、一氏ユウジが唐突に溜息を吐いて立ち止まった。
 何事かと同じように足を止めて一氏ユウジを見れば、彼の三白眼は私をじっと見つめていた。

「どうかした?」
「オマエ、俺と居って楽しいんか」

 疑問符の付いてない疑問の言葉を投げかけられ、私はすぐさま首を横に振った。続けて「楽しくないよ」と付け加える。自分でも、素直に言い過ぎだとは思うが、一氏ユウジ相手に嘘なんて付いても得なんてしないとも思う。

「……せやろな」
「どうして?」

 目を逸らされたが、私は見つめ続けながら疑問を投げる。一氏ユウジは何かを考えるように斜め上を見つめた後、再び私を見る。

「お前、笑わんし」
「面白くないから」
「ま、……それはそうやけど」

 歯切れの悪い一氏ユウジの返答に、少し苛々としそうになる。いつも以上にハッキリと言葉を言わないからだ。
 そういえば一氏ユウジは、告白してきた時も、告白をするに至った経緯やハッキリ付き合いたい理由を言わなかった。

 今度は私が溜息を吐く。

「言いたい事があるならハッキリ言って。私、普通の女の子よりは繊細じゃないって自覚してるから、大抵のことじゃ傷付かないよ」
「…………お前くらいしか知らん」
「え?」

 俯いた一氏ユウジから、意図せず漏れたような声。聞き返すと、一つ息を吸って口を開いた。

「女なんか、お前くらいしか知らんっ」
「は?」

 この人は阿呆なのか?
 女の子なんて周りを見れば腐る程居るだろうに。

 不思議に首を傾げていると一氏ユウジは私の腕を引いて、近くの公園まで立ち寄り、私をベンチに座らせるとその隣に座った。

「俺、ずっと片想いしててん」

 ゆっくりと口を開いた一氏ユウジは、どうやら過去の話をするらしい。

「ガキの頃や。この公園で迷子になってもうて……寂しくて独りぼっちなんが辛くて、ヤケんなって泣いてた時に、お前が声掛けてきた」

 そう彼は言うが、私はそんな記憶は無い。それが顔に出ていたのか、一氏ユウジは仕方ないわ、と小さく笑った。

「あれからお前は俺と会ってへんし。それにそん時、自分よりちっこい女に心配されたんが悔しくて、家まで送って貰ってた途中で…逃げ出したしな。でも、それから俺はこの公園で、お前がよう遊んでたん見てたし、顔も覚えたし、名前も……友達とかが呼んでるんで知った。気になればココ来て、お前の事見てた。なんか落ち着くんや、お前の事見てると」
「えっと…………ストーカー?」
「そう思われてもしゃーないかもしれんけど、無自覚やったんやで。ガキの頃やし、純粋にお前の事もっと知りたいって思って、無意識に見に来てた」
「いや、ストーカーは無自覚だとダメだと思うけど」

 少しだけ君が悪いと思ったのが顔に出たのか、一氏ユウジは寂しそうな顔をする。
 勝手に過去の話をして勝手に傷付いて、私を不快にさせる今日の一氏ユウジは、嫌い。
 言っている意味も少しわけがわからないし、若干彼の仕草から女の子のような気配も感じ取れる。

「…………あの、帰りたいんだけど」

 公園の時計に視線を向けながらそう言うと、一氏ユウジは『悪い』と悪くなさそうな顔をして謝って、私の手を引いて立ち上がった。
 家まで送ってくれるのか。

「もういいよ。一氏くんは自分の家に帰りなよ。もう私の家近いから、一人で帰る」
「アカン、送る」
「いい、いらない」
「いる。ほら」

 無理やり私の手を引いて歩き出す一氏ユウジに、流石にそろそろ腹が立ってくる。
 なんなんだ、本当に。

「離して」
「いやや」
「嫌とかじゃないから。そうやって身勝手にされるの迷惑って思われるってわからない? 私、そういうの迷惑で嫌だからやめてって言ってるんだけど」

 乱暴に私の手を掴んでいた一氏ユウジの手を振り払う。
 ここまでしなければ離さないし、自分は悪くないとばかりに傷付いたような顔をするし。

「…………嫌い」
「……え」
「嫌い。君のこと。……帰るから」

 何か意図があった言葉ではなく、心から漏れたような言葉。
 言い捨てた私は早足にその場を去った。




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