「ひゅーっひゅくひゅいーひゅーう、ひゅーっ」
出来ない口笛を必死に吹きながら、ちあきは購買へと続く廊下を歩いていた。 四限目は苦手な数学、つまらないのでノートの端に落書きをしていた所、教師に当てられ突然問題を出されたのだ。混乱しつつも勘で数字を言うと、どうやら当たっていたらしく、逆に褒められてしまった。 口笛もどきは飽きたのか、次は鼻歌を歌いだす。 そんなちあきに、一つの影が近付いていた。それは気配を殺しながらちあきの背後に立つと、怪しげに口角を上げた。
「桜庭」 「うひぃ! この声は……」
大袈裟に肩を揺らし驚くと、震える声を出しながらちあきは背後を確認するために振り向こうとする。
「あぁ、ええで、顔なんか確認せんでも分かるやろ? 自分の愛人や、って事くらい」
ぎゅっと優しく抱き締めて耳元で囁かれると、ちあきはギリィと歯を鳴らす。
「だぁれが愛人だって!?」 「俺」
ふーっと、ちあきの耳に息を吹きかけられ鳥肌が立つ。自然現象だもん。
「ほんと勘弁してよ今機嫌良かったのに! くっそ許さん財前…白石先輩にチクってやるからな! あと離して! ここ廊下!!」 「俺、一応先輩やのに呼び捨てなんや、へー…? ま、それだけ距離が近いって事か」
更に腕を回してくる財前の脇腹のあたりを思いっきり抓る。今にでも泣きそうな表情のちあきは、その顔を見られないようにと俯いていた。
「痛いねんけど。…俺に傷付けたいんなら噛み付いてもええねんで。一番ええのは背中に爪の痕やろか…けどキスマークも捨てがた」 「喧しい! 学校の廊下で猥褻な行為はやめろ!」 「猥褻な行為とかしてへんやろ。ほんのスキンシップの一部や。なぁ? 猥褻な行為ってこんな事ちゃうん?」
そう言って、回していた手を移動させ、胸を撫でるように揉みしだく。予測していなかった財前の行動に、不意を打たれ頬を紅潮させるちあき。財前がそれに気付かないわけもなく、ニヒルな笑みを浮かべるとちあきの頬に片手を持っていき、ふに、とつつく。
「なぁ、耳まで真っ赤やで? 案外敏感なん? ええな……ここ学校って分かってるん?」 「〜〜っ!! このケダモノ! 離せ変態! お前が学校ってわかってんのか!!!!!」
財前の力が緩んだ一瞬の隙を狙い、腕を振り払って離れると、階段付近まで走って逃げる。大方距離を置けた事にホッと安堵の溜息を吐くと、やれやれと言った様子でちあきを見つめている財前に向かう。
「お前なんか忍足先輩とホモってろ! 白石先輩から怒られてもしーらない!」
そんな捨て台詞を吐いて、階段を全速力で降りていった。
「謙也さんも白石部長も、お前の事ああ言う目でしか見てへんっちゅーのに」
残された財前は階段に背を向け、ぽそりとそんな言葉を放ち、頭を掻きながら歩き出した。
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