随分前から隣の家に住み着いていた猫が最近姿を消した。彼女はもう結構なおばあちゃんだった。もしかしたら、もしかすると。あの子は死に場所を探しに逝ってしまったのかもしれなかった。猫は独りで死ぬという。

「こんにちは」
「…どうも」
「今日のパンツは何色ですか」
「セクハラですよそれ」

従弟の若くんは会うたび愛想がなくなってゆく。そういう年頃なのかもしれないけれど。お正月振りに顔を合わせた若くんは、不機嫌そうに眉を寄せて溜息をついたあと、呆れたようにふっと頬をゆるめた。

「お久し振りです、なまえさん」
「うん。若くん、また背伸びたね」
「そうですか?」
「そうだよ。わたしは横ばっかなのになあ」
「運動不足じゃないですか」
「そうかも、やばい」
「大変ですね」
「大変ですよ」

若くんが喉を震わせるたび、耳ざわりの良い音がすとん、すとんと落ちてくる。前に会ったときよりもまた少し低くなったような気がする。心地良い。この声、とても好きだ。もっと聴いていたいと思わせる。

「もっと喋って」
「何をですか」
「何でも」

意味不明なわたしの要求に、若くんは少し困ったように唸り、それでそのまま黙り込んでしまった。生ぬるい風が首筋をすり抜けてゆく。時期が時期だし、このまとわりつくような不快感は、向こうの人の仕業なのかもしれない。
そうして縁側に二人黙ったまま腰かけていると、不意になおんという声がして白猫が姿を見せた。

「あ、あの子」
「大きくなったでしょう」
「うん、かわいいね」
「子ども、産んだんです」
「え、うそ」
「三匹…全部死にましたけど」
「えっ?」

わたしは驚いて若くんの方を見た。しゅんと暗い瞳の中に、白が映る。白猫は若くんの足元で喉を鳴らして、わたしの方は見向きもしない。雌猫って、なんだかんだで男の子の方が好きだ。

「見つけたときには手遅れで、」
「…うん」
「こいつ元々捨て猫だから、子供の育て方知らないんですよ。まだ若いし」
「そ、か」

その背に触れようと差し伸べた手はするりとかわされ、白猫はそのままどこかへ消えてしまった。

「かわいくないの」
「警戒心強いんです」

誰かさんみたい。そう言おうとして開きかけた口を閉じる。余計なことは言わない方がいい。ゆっくりと目を伏せ、しんとした空気に身をゆだねる。ふと、よたりよたりと歩くあの猫の姿が瞼の裏に蘇った。

「あー」
「…どうしました?」
「ん、いや隣の猫がね、隣のっつっても野良なんだけどさ。最近見なくなったんだよね、あの子。きっと、もう長くなかった。ねえ知ってる?猫って独りで死ぬんだよ」
「人間だってそうですよ。死ぬときは誰でも」

そうじゃなくて。続けようとしたけれど、やめた。だって若くんが今にも泣いてしまいそうな目をしていたから。

「死後の世界なんて信じませんし、俺。死んだらそれで終わりですよ。寂しいも何もない。本当に辛いのは」
「…うん」
「本当に辛いのは、残された者の方ですから」

若くんはそう早口で言い終えると、閉口した。なんだろう。わたしは何て言っていいかわからなくて、そっと若くんの頭に手を置いた。

「…なまえさん?」
「なんだかなあ」
「なんですか?」
「ううん。あっという間に大人になるんだなあって」
「…いつまでも子ども扱いされても困ります」

長い前髪から覗く目を細めて、薄い唇がゆるいカーブを描く。どきりと心臓が音を立てる。若くんのそんな大人びた表情を見たのは初めてだった。


(十六歳最後の日に書きました。かなり昔)
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