神尾くんが橘さんのことを好きなのはなんとなく、というかほぼ確信していた。
たとえば彼女と話すときの彼はほんのり紅い顔をしているし、ぼんやりしてるときの視線はいつも彼女の方を向いている。わかりやす過ぎるくらいわかりやすいのだ。

けれども最近の彼女は他校の男の子と何やらいい感じらしい。哀れ、神尾くん。

そしてあたしはそんな神尾くんが好きだったりするので、彼女がその他校の彼とうまくいくことを密かに願っていたりするわけだ。

「終わりそうですか?」
「…まだ」
「MD聴いてもいいですか?」
「…どうぞ」

あたしは神尾くんの鞄からMDプレイヤーを取り出して、絡まったコードを解いた。外からは運動部の声やら何やらが聞こえてくる。もちろん、テニスボールの跳ねる音も。神尾くんは一旦手を止めると、ぱらぱらと英語の教科書を弄んだ。

「あーあーだりー」
「もう、さっさと片付けちゃいなよー」
「んなこと言ったってまだこんだけあるんだぜ?」

神尾くんは残った課題のプリントをつまんで見せると、すぐに大きな溜息をついて机に突っ伏した。ここ三日ほど風邪で寝込んでいた彼は、その遅れた分をこの大量のプリントで補うこととなったのだ。

「今日中に提出とかぜってー無理だよなー…鬼だぜあのババァ」
「いいじゃんノート見せてあげてんだから。写すだけでしょー」
「はーあ。病み上がりの可愛い生徒をもっと労われよな」

はははと軽く笑いながら、アームレスフォンを耳にかける。けれど何度やってもなかなか上手く引っ掛けられなくてすぐにこぼれ落ちてしまう。

「なにしてんの?」
「あーもう、髪の毛邪魔!」
「へったくそだなー」
「うるさいな。ほらそこ、はやく終わらせなさい!」
「へーへー」

本当はこの時間がずっと続いてくれたらいいなーなんて思ったりしているのだけれど。

下手くそに引っ掛けたアームレスフォンから流れ出すのはあたしが彼にあげたヤイコのアルバムナンバーで、彼の趣味ではなかったりする。でもちゃんと聴いてくれてたりするのはちょっぴり嬉しい。あたしって、乙女だ。

あたしたちはクラスメイトで友達だ。放課後の教室で二人きりなんて、あたしにとってはそれなりにおいしいシチュエーションだったけれど、彼からしてみればきっとただの日常なのだろう。そう考えるとちょっと悲しい。

「矢井田瞳はリズムに乗れますか?」
「は?」
「リズムに乗ってぱぱっと仕上げてください」
「はあ…頑張ります…」

しゃっと前髪をかき上げるのとかにもドキドキする。彼は再びペンを持ち直して、それをプリント上に走らせた。お世辞にも上手とは言えない字がつらつらと並んでゆくのを見つめながらも、あたしの耳の奥ではヤイコが唄う。それに合わせてあたしも唄う。すると神尾くんがけほけほと咳をする。どうやら今年の風邪は長引くみたい。

「大丈夫?」
「あー…うん、寒い」
「あたしに窓を閉めろと?」
「俺にはこの課題を終わらせるという立派な使命が」
「あーはいはい」

彼がへらっと笑うのを横目にぱたぱたと窓際に向かう。ひんやりとした風がくすぐるように頬を撫でた。きゅるきゅると音を立てて閉まる窓の向こうに、小さくテニスコートが見える。

「さんきゅ」
「どういたしまして」

ふとそこに橘さんの姿を見つけた。テニス部の人たちとなにやら楽しそうに笑う彼女は、同性のあたしから見たって可愛い。それにあの子はあたしと違って性格もいい。神尾くんが好きになるのだって、悔しいけれど、わかる。

「…苗字?」
「ん、」
「何ぼーっとしてんの?」
「…なんでもない」

体操服姿で走り回る彼女から目を引き剥がして元の席へ戻る。すとんと勢いよく腰を下ろすと、その反動でぱたりとアームレスフォンが肩へと落ちた。

「あ…」
「何やってんだよ」
「これ難しいよねぇ」
「不器用なんだよ、お前」
「なんだとー」
「貸して」

彼はそう言って手を伸ばすと、あたしの耳に器用にそれを通した。ほんの一瞬だけ指先が触れて、そこからじわじわと熱が広がっていく。ちょっと、今のは、ずるい。

「…天然」
「へ、何?」
「何でもない!」
「はあ?」
「ほらーはやく写しちゃってよー」
「お、おう」

不思議そうに首を傾げる神尾くんは至って純真。それに引き換え神尾くんがあの子に振られるのを待っているあたしって、汚い子だ。


(MDとヤイコっていう部分に時代を感じます)
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