「ハルくんてさ、空飛べんでしょ」

あたしがそう言うとハルくんは一度目を真ん丸にして、それからニカッと笑ってすっぱり否定した。

「さすがに空は飛べん」
「えー」

通りすがりの薬局でもらった赤い風船がふわりふわりと風に揺れる。そこから伸びた細い糸の先端を指先で弄びながら、ハルくんの斜め前を歩く。歩く。歩く。チリチリとハルくんの自転車のチェーンが鳴る。あたしの軽い通学鞄が時々カゴの中で踊る。あたしごと後ろに乗っけてくれればいいのにハルくんはいつも危ないから駄目だって言う。ちょっと過保護だ。

「なまえの頭くらいなら跳べるけどな」
「むー、どうせあたしはチビでーすよー」
「わははは」

ハルくんは白い歯を輝かせて豪快に笑う。あたしはうんと背伸びして、一発デコピンしてやった。ハルくんはわざと避けずにそれを受け入れて、パチンと額が鳴るのと同時にいってぇよと笑い飛ばした。

「うーんなんだか馬鹿にされた気分」
「なまえはかわいいなあ」
「やっぱ馬鹿にしてるー」
「ははは」
「そこは否定しなさいよう」

そう言いつつあたしも笑って、今度は彼の隣を歩く。足の裏が地面を叩くリズムがやたらゆるやかに思うのは気のせいではなくて。

「あっ」
「あー」

不意にあたしの指先から糸の先端がするりと逃げた。赤い風船は上へ上へ。あっという間に小さくなってゆく。

「あーあ、もう届かねえな」
「ハルくんが空飛べたらなあ」

空に溶けてゆく赤をぼんやり見上げながら呟くと、ハルくんはまたきっぱり「無理」と言い切り、笑った。それがなんだか、とても愛しいと思った。

「ハルくん」
「ん?」
「キスでもしませんか」

閉じた目蓋の裏側で赤が舞った。


(いい男代表)
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