今日の彼はちょっぴり機嫌が悪い。とは言っても万年ポーカーフェイスの彼だから、顔には出さないんだけどね。なんとなくだ。

チョークの粉がもあもあと立ちのぼって、夕日を浴びてきらきらひかる。やだやだ、制服が白くなっちゃう。まだ衣替えしたばっかりなのに。これだから日直の仕事って嫌だ。あーあってため息をついたら、黒板消しががたんと音を立てて落っこちた。

「大丈夫か?」

自分の席で日誌を書いてた手塚くんが心配そうに声をかけてくれる。あたしはだいじょーぶれす、なんて間抜けな返事をして、黒板消しを拾った。床がちょっと白くなってる。やだなーもう。足でこすってごまかす。手塚くんは、そうか、と小さく呟くとまた視線を手元に戻した。

いつもなら手伝ってくれたりなんかして、もう少し優しい手塚くん。けど今日は余裕がないみたい。頬杖ついて、ときどきため息なんかついちゃって、それじゃ恋する乙女みたいだよ。あんにゅーい。ま、今日は仕方ないか。だって朝からずっと女の子たちに追い回されていたんだもの。いくら手塚くんだって疲れちゃうよね。

「手塚くん、日誌書き終わった?」
「いや、あと少しだ」
「そか」

ちーんもく。手塚くんって、ホント必要以上のことは喋らない。けどそれでもいいと思う。だって手塚くんだから。

あたしは制服の袖やスカートの白い粉をぱたぱたと手で払って、それから手塚くんの前の席に横向いて座って、ぼけーっと天井を仰いだ。廊下側の蛍光灯がちかちかしてる。そろそろ寿命かな。

「…苗字」
「ん」
「帰らないのか?」
「うん、だって」

だってまだ手塚くん終わってないでしょ?そう言ったら、悪いなって苦笑する手塚くん。苦笑、じゃないか。見た目は相変わらず無表情だ。この人、ほっぺの筋肉が固まっちゃってるんじゃないの?

俯き加減の手塚くん、オレンジ色の夕日が眼鏡のフレームに反射して、とても綺麗。肌は白くてまつげも長くて、いいなあ、美人さん。手を伸ばせば、その全てに届く距離で見つめる。モテるのわかるよ、なんだかしみじみしちゃう。

「手塚くん」
「何だ?」

ぱたんと日誌を閉じるのと同時に、手塚くんが顔を上げる。あ、書き終わったんだ。

「今日は何の日だか知ってる?」

あたしが問うと、手塚くんの綺麗な顔が僅かに歪む。何を間違ったのか、彼は眉間の筋肉ばっかり鍛えちゃったみたいね。

「答えはねー、仏滅」

あえて的外れなことを言ってみる。すると手塚くんは一瞬ぽかんとして、それから小さくため息を漏らすと、成る程な、と呟いた。

「日誌持ってこ、職員室」
「…ああ」

カーテン開けて、窓の鍵のチェックを終えて、電気も消して、完璧。さあ、帰ろう。手塚くんは部活かなって思ったら、今日はお休みなんだって。珍しい。

一緒に職員室行って、一緒に靴履き替えて、校門のところでさよならした。いち、に、三歩いて振り返ったら、手塚くんの後姿と、真っ赤な夕日が目に飛び込んだ。うーん、て少し悩んでから、大きく息を吸い込んだ。

「てづかくん!」

その声に手塚くんが立ち止まって、振り返る。逆光でその表情は見えない。だけど構わず声を張り上げた。

「おたんじょーび、おめでとー!」

目いっぱいそう叫んで、手塚くんがリアクションを取る前に、あたしは彼に背を向けて走り出した。


(2002年の10月7日は本当に仏滅でした)
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