「うっ、ひっく」
「……いつまで泣いてるんですか」
「ふえっ!ひ、ひろくん!」

三月、私たちはめでたく中等部の卒業式を迎えました。私を含め外部受験をする者はほとんどおらず、このまま高等部への進学が決まっています。それなのに感極まったのか、なまえさんは朝からぐずぐずと泣きじゃくっていました。

「うー、ひろくーん」
「はいはい、なんですか」

小さな子どもをあやすように頭を撫でてやれば、人目も憚らず私の腰に腕を回してきます。周囲も今やすっかり見慣れた光景と化したのか、特に気に留める者はいないようです。私はやれやれ、と小さくため息をつきました。

「まったく、何がそんなに悲しいのか」
「だってだって、クラス離れちゃうかもしれないんだよー!」
「はぁ、そこですか」
「そこだよ、大問題っ!」

やだやだと駄々をこねるなまえさんは本当に幼児のようです。たしかに来年度も同じクラスになれるとは限りませんし、そうなれば一緒に過ごす時間も必然的に少なくはなるでしょう。そう考えれば寂しい気持ちがないわけではありませんが……やはり少々大袈裟な気がします。

「……なまえさん」
「うー?」

私の胸元から顔を離してこちらを見上げるその目は真っ赤で、まるでうさぎのようです。女性の泣き顔などあまり見たいものではありませんが、不覚にも鼓動が早まるのを感じました。

「……その目は反則でしょう」
「んっ、なに?」
「なんでもありません」
「ひろくん?」
「そうですね……桜が咲いたらお花見にでも行きましょうか」
「え?」
「春休みは部活も自由参加ですし、たくさんお出かけしましょう」
「え、え!ほんとっ?」

軽く口元を緩めて頷けば、彼女はきらきらと瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべました。現金な人ですね、今まで泣いていたのが嘘のようです。けれども私の言葉ひとつでこれほど簡単に彼女を笑顔にすることができるのならば、それはとても素敵なことなのでしょう。

「やった!うれしい!ひろくんだいすきっ!」
「はいはい、知ってます」

きゃっきゃとはしゃぐ彼女につられて、私もまた笑みをこぼしました。手のかかる子ほど可愛らしい、などとはよく言ったものです。そうして私はまだ咲かない桜の木を見上げながら、再び彼女と同じクラスになれることを密かに祈るのでした。

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