くるくると表情を変える彼女に惹かれている自分に気がついたのはいつのことだったでしょうか。彼女は所構わず過剰なスキンシップをはかるので、慣れるまでは随分と戸惑いました。けれどもそのストレート過ぎる愛情表現は、恋愛経験に乏しい私の心を絆すには充分だったのです。

「だーれだ!」
「っ!……苗字さん」
「えへへ、びっくりした?」
「はぁ、何してるんですかまったく」

突然後ろから抱きつかれることもすっかりお馴染みになりました。ちなみにここは駅前の広場ですので、チラチラと道行く人の視線を感じます。今日は特別な日ということもあり、また一段と人通りが多いようです。しかし今さら動揺するほどのことでもありません。慣れとは恐ろしいものです。腰にまとわりつく腕をやんわりとほどいて向き直れば、そこにはいつもとは少し違った彼女の姿がありました。

「ねぇねぇ見てこれ全部おろしたてなの!似合う?」

私が指摘する前に、彼女は私の前でくるりと回って見せました。普段着ている制服とは違い、白やピンクなどの女性らしい色合いで構成されたコーディネート。それは初めて見る彼女の私服姿でした。とてもよく似合っていますし、思いのほか可愛らしい(決して普段がそうでないというわけではありませんが)ので内心驚きました。服装だけでこんなにも印象が変わるものなのですね。薄っすらと施されたお化粧も彼女の可憐さを引き立てています。

「……馬子にも衣装とはよく言ったものですね」
「んー?それって褒めてる?」
「さて、どうでしょう」
「わーひどいひどい、がんばっておしゃれしたのに」
「冗談ですよ。とても素敵だと思います」
「ほんと?やったーもっと褒めてー」
「はいはい、可愛い可愛い」
「えへへー!やぎゅーだいすきー!」
「はい、知ってます」

彼女は本当に甘え上手な人です。いつの間にか私も彼女を甘やかすのが上手になってしまいました。こんな軽口を叩いてしまえるのも彼女だけです。こうして肩肘張らずに接することが出来るのは、ひとえに彼女が私を好いていてくれるからだと言えるでしょう。これほどまでに真っ直ぐ愛情をぶつけてくる人間は、後にも先にも彼女だけなのではないでしょうか。

「では行きましょうか」
「ん!」

どちらからともなく手を繋ぎ、街を徘徊し始めました。今日は12月24日、クリスマスイブです。本来クリスマスは家族と過ごすイベントであると認識していますが、だからと言ってこんな日に仮にもお付き合いしている女性を放って置けるほど私も淡白ではありません。幸い今日は部活もお休みです。テニス部の面々もそれぞれ予定があるのでしょう。真田くんだけは納得していないようでしたが。

しかしイブと言えども、私も彼女もまだ中学生ですから夜をともに過ごすわけにはいきません。デートスポットもどこへ行こうと混み合っていることでしょう。ですからこうして適当にウィンドウショッピングをして回ることになりました。クリスマスデートにしては少々味気ないですが、会えるだけで嬉しいと言ってくださる彼女の言葉に偽りはないでしょう。先日始まったばかりの冬休みが明けるまでは、あまりこうして顔を合わせる機会もありませんから。

「わー!きれい!」
「本当ですね」

あちこちに設置されたイルミネーションを眺めながら、隣に並ぶ彼女に歩幅を合わせてゆっくりと歩みを進めました。何も特別なことなどしていないはずなのに、彼女は幸せそうに笑って繋いだ手を大袈裟に揺らします。私までつられて口元が緩んでしまいました。僅かに彼女の背が高くなったような気がするのは、かかとのあるブーツを履いているからなのですね。

「あ!」
「どうしました?」
「あるぱかちゃん!あたらしいのでてる!」
「アルパカ……?」

不意に彼女が立ち止まったのはゲームセンターの店頭にあるUFOキャッチャーの前でした。中にはパステルカラーの大きなぬいぐるみたちが詰め込まれています。

「好きなんですか?」
「うん、だいすき!いいなーほしいなー」

彼女は大きな瞳をきらきらと輝かせてガラスに額を押し当てました。こんなとき仁王くんや柳くんであれば、持ち前の器用さや計算力を駆使して簡単に取って差し上げることができるのでしょう。しかし私はそのようなテクニックを持ち合わせておりません。UFOキャッチャーは開かない貯金箱である、というお話を聞いたことがあります。

「よっし!やぎゅ、ちょっと待ってて!」
「え?」

彼女はきょろきょろとあたりを見回したかと思うと、私を置いて店内へと消えてゆきました。女子中学生がひとりでゲームセンターなんてとんでもない!……と、そう思ったのもつかの間、彼女はすぐに店員さんをつれて戻ってきました。

「あの子がほしいんです!どこ狙えばいいですか?」
「あー、これはですね」

そしてなにやらその店員さんとやり取りを始めました。なるほど、狙い目をレクチャーしていただいているのですね。店員さんは商品が落ちやすいように位置を調節してくださいました。なんて親切なのでしょう。それにクリスマスだからでしょうか、通常なら一回二百円のところが今日は百円でプレイできるようです。五百円を入れれば六回チャレンジできるのでお得ですね。私は百円玉を握り締めながら意気込む彼女の肩をとんとんと叩いて、五百円玉を差し出しました。

「え?」
「どうぞ、これは私の奢りです」
「え!いいの?」
「さすがに一度で成功させるのは難しいでしょう」
「えー!じゃあ二人で三回ずつしよ」
「いえ、私は……」
「そして二匹つれてかえろう!」
「またそんな無茶を」
「ね、やろやろー」
「はぁ……わかりました」

半ば呆れながら硬貨を投函し、彼女の言うとおり三回ずつプレイすることにしました。一回目、二回目、三回目と立て続けに失敗してしまったので、再び彼女が店員さんに声をかけます。申し訳ないほど位置をずらしていただいて、なんとかひとつめをゲットすることができました。そしてまたもや店員さんに無理を言って、残った二回分でなんと本当にふたつめも落としてしまいました。いやはや、店員さんのサービス精神に敬服いたします。

「えへへ、かわいいー!」
「まったく、あなたの図々しさには驚かされました」
「えー、あんなのふつーだよー?」

満足そうな笑みを浮かべる彼女に、呆れながらも感心してしまいました。UFOキャッチャーが得意な方はこうして攻略していらっしゃるのですね。私はまだまだ世間知らずのようです。

「ピンクがなまえちゃんで、白いのがひろくん」
「え?」
「やぎゅーにはなまえちゃんをあげるね!」

その言葉だけではとんでもない意味に聞こえてしまいそうですが、もちろんこのぬいぐるみのことです。胸元に押し付けられたそれは、毛並みがふかふかとしていてなかなかの手触りでした。

「はー!ひろくんかわいー!」

そんなことより、彼女の唇が二度も「ひろくん」と発音したことに不覚にもどきりとしてしまいました。いつもはお互い苗字で呼び合っていますから。かわいいかわいいと言って「ひろくん」と名づけたぬいぐるみを抱き締める彼女を見ていたら、なんだか気恥ずかしくなってしまいました。

「はぁ、紛らわしいですね……」

ほのかに熱を帯びた頬を隠すように、私も「なまえちゃん」を抱き締めました。なるほど、抱き心地も悪くありません。メイドインチャイナのようですが、いい仕事をされています。

「あっずるいずるい」
「はい?」
「私もぎゅーってされたい!」
「はぁ……」

ぬいぐるみに嫉妬でもするかのように、彼女は唇を尖らせました。まったく、本当に手のかかる人です。でもそんなところも今では可愛らしいと思うようになってしまいました。私は小さく笑って「なまえちゃん」片手に彼女の頭を撫でました。

「わ、わ」
「どうしました?」
「なんか、今日はやぎゅーがやさしい気がする!」
「そうでしょうか?」
「うんうん、いつもやさしいんだけど、えっと……えへへ」

彼女の言う通り、今日の私はいつもより素直になれている気がします。学校の外だからなのでしょうか。私は高鳴る鼓動を感じながら、そっと彼女を抱き寄せました。

「ん……やぎゅ?」
「たまには、私からいいですか?」
「うん?」
「好きです、なまえさん」
「ふえっ!」

珍しく照れて真っ赤になる彼女が、なんだかとても愛おしく思えました。素っ頓狂な声をあげながらも、私の背中に腕を回してきます。少しばかり「ひろくん」が邪魔をしているようですが。

「わ、私も!ひろくんがだいすきだよー!」
「はて、それはその子のことでしょうか」
「ちがうー!やぎゅのこと!やぎゅーだいすき!」
「……やっぱり紛らわしいですね」

私は私で自分の行いの大胆さに今さら恥ずかしくなり、またはぐらかしてしまいました。慣れないことはするものではありませんね。しかし離れようにも彼女がそれを許してくれません。さてどういたしましょう。意識してしまったせいか、先ほどまではそう気にならなかった通りすがる人たちの視線も途端に痛くなります。

「あの、ちょっと離れていただけませんか」
「やだー」
「とても目立っているのですが」
「ん、じゃあちゅーしてくれたら離れる」
「なっ……!」

強請るように彼女が私を見上げました。丁寧にマスカラでコーティングされた睫毛が微かに震えています。これは困りました。私は彼女の上目遣いにとても弱いのです。

「……ああもう、あなたという人は」

ここは私が折れるしかなさそうです。申し訳ありませんが、どうか今だけはお許しください。健全な未成年の私たちには、まだ甘いイブの夜がこないのです。ただでさえ今の二人の間には冬休みという学生ならではの障害が生じています。ですから今日という日の、せめて太陽が出ているうちだけはこの世でもっとも彼女に近い場所にいさせてください。誰に宛てるでもなくそんな言い訳を考えながら、私は意を決して彼女の要求に応えるのでした。

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