「あーもーこのポンコツ!なんで起こしてくんないの!」

目覚ましがわりにしているケータイのアラームが鳴らなかった。これは遅刻厳禁の社会人にとって大事件である。幸い出勤十分前に目が覚めたからよかったものの、すっぴんと無造作ヘアは避けられなかった。

「だぁーからごめんって!」
「ほんっと使えないんだから!ばか!」
「仕方ねぇだろ!充電が切れちまってたんだよ」
「はぁっ?ちゃんとケーブル繋いでたでしょうが!」
「繋ぎっぱにされっとあちぃんだよ!」
「だからって自分で抜く奴があるかっ!」

愛車のシガーソケットに突っ込んでなんとか叩き起こした馬鹿ケータイは、先月買い替えたばかりの新機種だ。ヒューマノイドと呼ばれるそれは、ここ数年で急成長を遂げた携帯電話の新しい姿だ。最先端とは言えまだまだ発展途上の技術であるため、しばしば不具合も見られるという。

……にしたって、こいつは本当にひどい。起動遅いし、すぐ充電きれるし、たまにメール届かないし。おかげで実家のお母さんは心配して鬼電してくるし、大変だった。一人娘だからって、メールの返信がないだけで大騒ぎなんだから…あーそうそう、この間なんて何にもしてないのに電話帳が消えちゃってた。久々の合コンでゲットしたイケメンの番号。なんだっけ?とかほざきやがってこのバカもうほんっと使えない。だってそもそもケータイとしての役割すら果たしてないじゃん!?

「もうやだー機種変したいー!」
「まぁまぁなまえちゃん、落ち着いて。まだ買ったばかりじゃない」
「だってあれは店長が台数ヤバイからって無理矢理買わせたんじゃないですかぁ」
「あれ、そうだっけ?」
「そうですよ!立海製品は質がいいっていうから信じたのに!」
「えー、だって私も蓮二にしてから一年近く経つけど不便してないよ?赤也のほうが新しいモデルなんだからいいと思うじゃない」
「だめです全然だめ!」
「あらそう、それはご愁傷さま」

店長はむくれる私を気に留める様子もなく軽やかに笑い飛ばした。くそー。ぴょんぴょんはねた寝癖を手で抑えながら店先に立つ。あー、今日もお客さんいないなぁ。

この街外れの小さな携帯販売店で私が働き始めて、もうすぐ三ヶ月になる。ご覧のとおりゆるい職場なのは幸いだけれど、私と店長だけで回しているこのお店は立地条件があまりよくないのもあって、毎月目標販売台数に一歩届かない。それで先月は私が赤也を購入することでなんとか凌いだのである。

この仕事を始めてまだ日が浅い私には、機種のことなんてカタログに書いてあることくらいしかわからない。店長から教えられたことをそのままお客さんに伝えて、いいですよおすすめですよと口にする、だけ。ましてやつい最近まで一昔前の二つ折りケータイを愛用していたのだから、より複雑なヒュマドのことなんて知ったこっちゃない。それじゃいけないなって思ってたし、新時代を知るいいきっかけになると思った。だから台数稼ぎも兼ねて買い換えた結果がこのざまなのである。

「はぁ…私って、もしかしてとんでもないゴミ売る仕事してるんじゃ」
「ゴミとはまた聞き捨てならないな」
「うわっ!…っと蓮二くんか」

不意に声がして振り返ればそこには店長の愛機である蓮二くんが薄い笑みを浮かべていた。うーん、いつ見ても綺麗だなあ。赤也と違って仕事もできるし、ああくそ羨ましい。どうして私はあんな出来損ないを選んでしまったんだろう。

「そう言ってやるな」
「まだ何も言ってないけど!人の心まで読むのやめてよ」
「俺のように優秀な機種は稀なほうだ」
「それ自分で言っちゃうの!」
「事実だからな」

たしかに、言い返せない。蓮二くんは優秀だ。ぐぐらなくてもなんでも知ってるし。赤也なんて、ぐぐってもなんか変なワード拾ってくるからやばい。漢字変換もろくにできないし。そりゃ、人懐っこくて可愛いとこもあるけど、あるんだけど…!

「あかっ……あーもうまた寝てるし」
「燃費悪いのかしらねぇ」
「あーもうこのポンコツめー!!」
「まぁまぁ、馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃない」
「ないです全然ないですー!寒い日に一緒に寝るとあったかいくらいですー」
「へーえ、さすが世界初カイロ付きケータイと呼ばれただけあるわねー」
「ちょ、なんですかそれ」
「価格比較サイトのレビューに書いてあったの、すぐ熱くなるって」
「これはひどい…って、知ってるならなんで買わせたんですか!」
「選んだのはなまえちゃんじゃない」
「まぁ、そうですけど…」

カウンターで堂々と寝息を立てるバカケータイを見やってため息をつく。そう、なんだかんだでこいつを選んでしまったのは私だ。だってなんか、弟みたいで可愛かったんだもの。主に見た目が……ほら、私ひとりっ子だし。

「大丈夫よ、ヒュマドはちゃんと行くべき人のところへ行ってるんだから。自分で選んだようで、本当は私たちが彼らに選ばれてるの」
「うわ出た、店長の殺し文句」
「っていうか、なんだかんだ言って一緒に寝てるのね」
「えっ?あ、いやそれは買ったばっかのときだけで」
「いいのよ照れなくて、いいのよなまえ」
「ちょっと!やめてくださいその思春期の娘を見守る母みたいな目!」

やいのやいの、そんなこんなで今日も私の一日が始まった。ニヤニヤ笑みを浮かべてからかう店長と、むきになる私、それをなまあたたかーく見守る蓮二くんと、一切おかまいなく爆睡する赤也。まったく、いつも通りの光景だ。なんて平和なんだろう。何はともあれ私は元気だよお母さん。とりあえず帰ったらメールでも打つかな。

(20140807)
暇店舗の携帯販売員の日常。
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