最近俺の持ち主は恋をしているらしい。何でも一つ歳上のサッカー部の先輩だとか。

「はぁっ、先輩かっこいい!」

なまえは目をハートにして俺をそいつに向ける。もちろん写真を撮るためだ。最新モデルの俺の両目には高画質カメラが搭載してある。つまり、なまえが撮りたいものは嫌でも視界に入れなきゃいけないわけで…だから俺はそれがちょっと気に食わない。

「ねぇ、もういいでしょ?疲れちゃった」
「ええー?駄目だよまだ試合中だよ!あ、先輩こっち見た!きゃーせんぱーい!」

はぁ。これは恋って言うよりただのミーハーだね。俺はきゃっきゃと騒ぎ立てるなまえを無視して撮影モードをオフにした。

「あー!!もう精市ったら!ご主人様の言うことが聞けないの!?」
「いつなまえが俺のご主人様になったって?」

にっこり。ちょっぴり威圧を込めて微笑めば、なまえは呆気なく怯んだ。やれやれ、データフォルダが『先輩』の画像でいっぱいだ。不愉快不愉快。

「だ、だって…あたしのケータイなんだからあたしがご主人様でしょ?」
「契約者はなまえのお父さんじゃない」
「うう…そうだけど…」

口ごもるなまえを前に、俺はわざとらしく大きなため息をついた。
俺たち携帯電話は、契約者に服従するのが原則。ただし本契約を交わせるのは成人のみとされている。なまえはまだ未成年だから、あくまで俺を"持たされている"だけの存在。最近は時代が時代だからなのか、そういう子が多い。昔はケータイなんて金のある大人だけの持ち物だったけど。
とにかく俺にとってのなまえは、逆らったところで別にどうってことはない存在なのだ。でもま、お父さんからはなまえの言うこと聞いてあげてってお願い(命令ではないよ?)されてるから、基本的には言う通りにしてあげてるんだけど。

「さ、帰るよなまえ」
「えーまだ見たいー」
「今日は課題が沢山出てたじゃない」
「あんなのぐぐればすぐ終わるよ」
「それって誰の仕事なのかな?」
「う…せ、精市さんです」
「あ、そう。俺なんだ。ふーん」
「…あーもーわかった!わかりました!帰る!帰るから…ちゃんと手伝ってね…?」
「わかればいいんだよ」

なまえは現代っ子だから、こういうところは扱いやすい。今時の子ってホント俺たちがいないと駄目だよね。

「もー精市のばか不良品」
「ん、そんなこと言っちゃっていいのかな?」
「嘘ですごめんなさい」
「言葉には気をつけることだね」
「はい申し訳ございません精市様」
「まったく、なまえは俺がいないと何にもできないんだから」

なんて、実を言うとそこが可愛いんだけどね。不満気に頬を膨らますなまえはちっちゃな子どもみたいだ。そういう反応するからからかいたくなっちゃうんだけどな。

「精市のいじわる…」

またそんなこと言って。膨れっ面のなまえは、言っちゃなんだけどキングスライムにそっくりなんだよね。ほら、こうやって両手で顔の肉を寄せてやれば…

「えい」
「ぷほっ!にゃ、にゃにひゅんのぉ」

不意に挟み込まれた勢いで、なまえはほっぺに溜め込んでた空気を勢いよく噴き出した。その顔はもうぶさいく極まりない。俺のせいだけど。

「ははっ、変な顔」
「むぁ…にゃめろぉっ!」

あーおかしい。おかしさのあまりそのぶーたれる唇にちゅっと軽く口付ければ、見る見る真っ赤になるなまえはまるでゆでダコそのものだ。

「な、な…!」
「ふふ、やっぱりなまえは面白いね」

かしゃり。

「ちょ、何撮ってんの!」
「面白かったから。あとでちゃんと見せてあげるよ」
「や、やだ消してよ!」
「だーめ」
「…もう!精市ってホントいじわる!」

またまた。わかんないかなぁ。何だかんだで俺は結構君に従順だよ?
ま、俺の正式なご主人様になりたいのなら早く大人になることだね。

(20120807)
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