※ちょっぴり苦い


俺がこの世で最も嫌いな季節がやってきた。夏じゃ。冬の寒さもいやじゃけど、冬はこたつと鍋と誕生日とクリスマスと正月があるから許せる。でも夏よ、お前はいかんぜよ。また30度超えたって。やめて、もう溶けてしまう。

「まーさ!」
「ひゃあっ」
「うわぁビックリしたぁ」
「…それはこっちのセリフじゃ、なまえ」
「あは、ごめんごめん」

ひゃっこいとこを求めて畳の上をごろごろ転がってたら、首筋に冷たいもんが当てられて思わず変な声が出た。夏は暑さで隙が増えていかん。なまえは両手にガリガリ君をぶら下げて、そのひとつを俺に差し出した。さっきのはこれか。

「一緒にたべよーよ」

俺に向けられるなまえの笑顔はきらきらしてた。寝転んだまま目の前のガリガリ君に手を伸ばしたら、ひょいとかわされた。なまえはこっち、と言って縁側に腰掛けた。

「なんでそんなに元気なんじゃ」
「食べないの?」
「…食べる」

ガリガリ君につられた俺はずるずるとなまえの隣まで這い出た。起き上がってよっこいしょと胡座をかくと、なまえはよくできましたと言ってガリガリ君を俺にくれた。やぶった袋はなまえに返した。ゴミ係じゃ。なまえは仕方ないなあと笑ってそれを受け取ると、ゴミ箱まで足を運んだ。何しとっても楽しそうじゃ。ガリガリ君はすでに角がちょっとやわらかくなってた。溶けんの早過ぎんか。

「あっついねぇ」

戻ってきたなまえはやっぱりきらきら太陽みたいに眩しくて、俺は目を細めた。夏らしくさらけ出した生足が、靴下焼けしてポッキーみたくなっとる。

「よー焼けとるのぉ」
「でしょー?陸上で走りまくってたらこうなっちゃった!」
「ほーん」
「まさは相変わらず白いねぇ。ちゃんとテニスしてるの?」
「俺はそーゆー体質なんじゃ」
「ふふ、しってる」
「ええじゃろ、美白体質」
「いーなー」

しょーもないやり取りをしながら、俺もなまえもしゃくしゃく音を立ててガリガリ君をかじった。

「今年初ガリガリだねぇ」
「おん、そうじゃな」

これは俺らの恒例行事じゃ。
俺となまえは同い年のいとこ同士で、毎年盆の時期になると親族一同でちょっとだけばーちゃん家の世話になる。ほんで俺らはその再会記念に二人でガリガリ君をかじる、て感じ。

この家は風通しはいいけど、エアコンがないから、やっぱりあつい。でもなまえは平気な顔しとる。俺が日陰で伸びとるあいだ、なまえは手伝いやら何やらであちこち動き回ってた。なまえは夏がいちばんすきなんじゃと。物好きなやつじゃ。

「まさー」
「んー?」
「えへへ。まさだー」
「なんじゃ」
「呼んだだけだよーん」

なまえはほんに楽しそうじゃ。
なんでそんなに夏がすきなんかって聞いたことがある。そしたらなまえは何のためらいもなく、俺に会えるからって答えた。そんなにまっすぐ言われたら俺だって揺るがないわけじゃない、けど。けどな。

「なまえ、彼氏できた?」
「え!いないよ?まさはいるの?」
「彼氏はおらんよ」
「もーそうじゃなくって!」
「落ちるぜよ」
「あ!」

なまえはずり落ちそうになった最後のガリガリ君を慌てて口に運んだ。俺はとっくに食べ終わって、残った棒に軽く歯を立てながらそれを見てた。勢い余って唇の端からこぼれ出た汁が、つうとよだれみたくなまえの顎を伝った。

「ふー、あぶなかったー」

ぎりせーふ、と言いながらなまえは両手で口元を拭って、その甘い指を舐めた。その様子がひどく扇情的で、俺はそれ以上見ていられんくなった。

「…ギリアウトじゃ」
「へ、なにが?」
「なんでもない」
「えー?」
「彼女もおらんよ」

遊び相手はいっぱいおるけど。こっそり心の中で付け足した。なまえはちょっと目を丸くして、それから今日いちばんの笑顔を見せた。

「そっかそっか、よかったぁ」
「何がじゃ」
「なーんでも!」
「わからん奴じゃのー」

うそ。ほんまは全部わかっとる。なまえは俺のことを好いとる。それがいつからじゃったのか、もう覚えとらんけど。一年に一度しか会えんのに、一途に俺のことを思い続けとるようじゃった。毎年俺に向けられる屈託ない笑顔がそれを物語ってた。

俺は近くにおらん奴との恋なんてしたくない。てかできん。俺はきっと遠くの恋人より、近くの抱ける女のほうを選んでしまう。だからむり。俺だってなまえのことはすき。なまえが欲しい。でもあかん。俺にはなまえを裏切らん自信がない。織姫と彦星だって絶対浮気しとるじゃろ。

なまえは会うたび女になってく。なのに俺に向けられる笑顔だけは昔から変わらん。なまえがしあわせそうに俺の名前を呼ぶたび、俺の中で理性と欲望が大乱闘する。

「のう、なまえ」
「んー?」

今すぐにでも唇をふさいで、まだ甘さの残る舌を吸い上げて、汗ばんだシャツの中に手を突っ込んで、その日焼けした脚を割り開いたら。
そしたらなまえは俺のことをどう思うんじゃろ。

「なーに、まさ」
「夜になったら花火せんか」
「え!」
「いやか?」
「する!花火する!」

子どもみたくはしゃぐなまえを眺めながら、俺はくわえた棒の先を噛み潰した。

やっぱり俺は夏がきらいじゃ。

(20120720)
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