「あ、」

珍しく早起きをして、いつもより少し早い電車に乗った朝のこと。いつもの時間に比べて乗客の少ない車内に見慣れた人影を見つけた。

「柳生くん?」
「おや、苗字さんではありませんか」
「おはよー」
「おはようございます」

クラスメイトの柳生くんだ。姿勢良く座席に腰掛けて文庫本を開いていた彼は、私に気がついてすぐさま立ち上がった。

「どうぞ」
「えっ、いいよいいよ!空いたら座るし」
「この先は人が増えるばかりですよ」
「でも、」
「大丈夫ですから、座ってください」
「えー……じゃあ、お言葉に甘えて」

あんまり話したことないのに親切な人だなあ、なんて感心しながら譲ってもらった席に腰を降ろした。そこにはまだ柳生くんの体温が残っていて、じんわり太股が温かくなる。彼は私の目の前に立つと、文庫本をバッグに仕舞って吊革をつかんだ。

「ありがとう、なんかごめんね」
「いえお構いなく」
「でもせっかく座ってたのに」
「いいんですよ、鍛えてますから」

柳生くんは眼鏡の奥で柔らかく微笑んだ。わあイケメンだ。さすが校内で紳士だなんて呼ばれているだけのことはある。

「柳生くんはいつもこの時間?」
「ええ、朝練がありますので」
「そうなんだ」
「苗字さんは?」
「私はたまたま。早起きしちゃったの」
「おや、そうでしたか」
「うん」

他愛のない会話をしながら、ガタゴトと電車に揺られる。次の駅に差し掛かったところで、偶然にも私の隣の席が空いた。だけど柳生くんは立ったまま動こうとしない。

「座らないの?」
「またどなたかがいらっしゃると思うので」

なんて人間の出来た中学生なんだろう。私ならきっとすかさず滑りこむに違いない。すぐにギシギシという音がして電車が停まった。柳生くんの予想に反して、車両に乗り込んでくる人はいないようだ。私が目配せすると、柳生くんは気まずそうに眉を下げて小さく笑った。

「誰も来ませんね」
「うん、座っちゃいなよ」
「すみません。では失礼します」

なぜか申し訳なさそうに柳生くんは私の隣に座った。そのときちらりと盗み見た横顔もやっぱりイケメンだ。これは眼福。まつ毛長いなあ。制服越しに肩の触れ合う距離にも、何だかちょっぴり得した気分になる。

「ねぇねぇ」
「はい?」
「柳生くんてさー」
「なんですか?」
「イケメンだよね」
「は!?」
「え?」

ただ何となく思ったままのことを口にしただけなのに、柳生くんはものすごく驚いたようだった。その反応に私までびっくりしてしまう。

「そんな驚くようなこと?」
「す、すみません。そんなことを言われたのは初めてなもので……」
「えーうそだー」
「嘘じゃありませんよ」

柳生くんは大袈裟にリアクションしてしまったのが恥ずかしいのか、コホンと小さく咳払いして眼鏡を押し上げた。その頬はほんのり紅く染まっている。あれ、なんか可愛いぞ。

「……柳生くんって、意外と可愛い系?」
「なっ、何をおっしゃいますか」
「うんだってなんか、そういう反応が可愛いと思う」
「可愛いのはあなたの方でしょう!」
「えっ?」
「あ、」

一瞬時が止まったような気がした。柳生くんはしまったと言わんばかりに慌てて口元に手をやったあと、顔を背けてしまった。

「今、なんて……」

その一連の動作が何を意味するのか、なんて。でも、まさか、そんな。いや、でもきっともう一度聞き返すのは野暮ってやつなのかもしれない。けど。

「あの、柳生くん?」
「すっすみません、なんでもありませんから」
「そ、そっか」
「すみません……」

こうしている間にも電車は走ると停まるを繰り返していた。目的地まではあとほんの数分。柳生くんはもうすっかり耳まで真っ赤にしていたから、それ以上追求する気になんてなれなかった。私は私で急に恥ずかしくなって、ぶつかり合った肩から火を噴くんじゃないかと思った。

(20121228/20140120)
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