菊丸くんっておひさまみたいな人だ。いつもみんなの中心にいて、そこにいるだけでその場がぱあっと明るくなる。同じクラスになって同じ時間を過ごすようになってから、私はいつの間にかそんな彼に惹かれていた。あの笑顔を見るだけで胸のあたりがぽかぽかするのだ。

そして今日は彼の誕生日。菊丸くんは人気者だからきっとたくさんの人にお祝いしてもらうんだろう。それでも、そのうちの一人でもいいからおめでとうって言いたくて、昨日の夜クッキーを焼いた。それなのに私ったら今日に限って寝坊しちゃって、急いでたせいで自分の部屋にそれを置きっ放しにしてきてしまった。

「はー……」

せっかく綺麗にラッピングまでしたのにどうして忘れちゃったんだろう。私のばか。教室に入るなり人だかりの輪の中にいる菊丸くんを見つけて無意識に長いため息が出た。それに気がついて前の席の不二くんが振り返る。

「おはよう苗字さん」
「ん、不二くんおはよー…」
「どうしたの?浮かない顔してるね」
「うーん……」

不二くんの問いかけに力なく返事をして席につく。私の席は廊下側の一番後ろだ。窓際にある菊丸くんの席はここから一番遠い。頬杖をついてちょうど対角線上にいる菊丸くんに焦点を合わせる。不二くんは私の視線の行方を言わずとも知っていて、相変わらずだねとでも言わんばかりに小さく笑みをこぼした。

「英二、今日誕生日だよ」
「……知ってる」
「プレゼント用意してないの?」
「したけど忘れちゃったの」
「あらら」

不二くんとは席が近くなってから話すようになって、そのおこぼれで菊丸くんともちょっとだけ仲良くなった。席替えした直後はあまりに遠すぎて泣きそうになったけど、今ではラッキーだったと思ってる。だからこそ、もっと距離を縮めるためにもこのチャンスを逃すまいと思っていたのに。不二くんにまで苦笑いされたし、もういっそ泣きたい。わっと頭を抱えるように机に伏せれば、勢い余ってごんっと額のぶつかる音がした。

「不二ー!見て見てー!」

不意にすぐ後ろで声がして顔を上げる。菊丸くんだ。びっくりした、さっきまであんなに遠いところにいたのに。ぶつけた額をさすりながら振り返れば、菊丸くんは誰かからもらったのかパーティーグッズの黒い猫耳をつけていた。

「き、菊丸くん」
「あ!おはよん苗字!」
「おっおはよ!」
「英二、どうしたの?その頭」
「さっきもらったんだー!どーお?似合う?」
「あはは、英二にぴったりだね」
「でしょー?笑っちゃうよね」

楽しくて仕方がないといった様子で笑う菊丸くんにつられて私も口元がゆるむ。その時ふと置き去りにされたクッキーのことを思い出して、一瞬浮上しかけたテンションがまた沈下した。私もちゃんと渡せていたらこんな風に喜んでもらえたのかな、なんて。

「白いのもあるんだ、それ」
「うん、ほい苗字」
「えっ?」
「じゃーん、お揃いー」
「ふふ、苗字さんもよく似合うね」
「うんうん似合う似合う」

菊丸くんは手に持っていた白い方の猫耳をすっぽりと私の頭にかぶせた。必然的に菊丸くんの手が髪に触れて心臓が跳ね上がる。菊丸くんのきらきらした瞳が私の姿をとらえて、その眩しさに思わず目を細めた。ちょっぴり恥ずかしくなって俯くと、菊丸くんが怪訝そうに首をかしげた。

「どうかしたのかにゃ?」
「え?」
「今日の苗字元気ないじゃん」
「あ、あの、えっと…」

菊丸くんが私の顔を覗き込む。近い、近すぎる。心臓がこれでもかってくらい激しく波打つから、音が聞こえちゃうんじゃないかと不安になる。

「苗字さん、英二への誕生日プレゼント家に忘れてきちゃったんだって」
「へ?」
「ちょっ不二くん!」

不二くんが柔かに笑みを浮かべて私の失態を暴露する。そのせいでますます恥ずかしくなって顔に熱が集まるのがわかった。それを隠すようにほっぺを両手で覆いながら不二くんを睨みつける。もちろんそんなことで動じる不二くんじゃないから、あっさり微笑み返されてしまった。

「えーまじ!だめじゃん苗字ー」
「ご、ごめん」
「ふっ、いいよいいよー!」

むっと唇を尖らせる菊丸くんに慌てて謝れば、噴き出してまた笑う。本当に菊丸くんって表情が豊かだ。

「ってか覚えててくれただけで嬉しい!ありがとねん」

そう言って両手でブイサインをつくる菊丸くん。その笑顔にもまたドキドキしてしまう。

「そんな、結局プレゼントは家に忘れてきちゃったし…」
「ん、なんなら明日でもいいよ?」
「でっでも食べ物だし」
「え!なになに、もしかして手作り?」
「う、うんクッキーを」
「まじー!食べたかったし!」
「うう、ごめん」

あーもう、恥ずかしい。今の私はきっと情けない顔をしているに違いない。焦りすぎて若干涙目だし、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだ。しかも忘れかけていたけれど、頭には菊丸くんとお揃いの猫耳がついている。我ながらすっごい間抜けだと思う。

「あ、あの、菊丸くん?」
「んー?」
「これ外してもいいかな」
「んー、どうしよっかなー?俺へのプレゼントを忘れてきた罰ゲームってのも悪くないよね」
「ええっ?」

菊丸くんがにやりと口角を上げる。その悪戯っぽい表情が不覚にもかっこよくてまた心音が加速する。助けを求めるように不二くんの方へ視線を送れば、彼はニコリと笑ったあと何も言わずに背中を向けてしまった。薄情者め!

「あ、あの…っ!」

もはやどうしたらいいかわからなくて、完全にテンパってしまった私の両目はきっと絵に描いたら渦巻き状態だ。菊丸くんはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、真っ赤になっているであろう私の耳元に唇を寄せてそっと囁いた。

「放課後、苗字が俺とデートしてくれるなら外してもいいよん」
「えっ?」
「おーい席に着けー!ホームルーム始めるぞー」
「あ!じゃあまたあとでねん!」

チャイムと同時にやってきた担任の一声に、菊丸くんはひらひらと手を振って素早く自分の席へ帰って行った。あっけにとられた私は、その背中をぽかんと見送るしかできなかった。結局おめでとうすら言えてない。

「苗字ー、いないのか苗字ー」
「あ、はい!」
「おお、いたのか。ん?なんだその頭は」
「え?……あ!」

すぐに出席を取り始めた担任に頭のそれを指摘されて、何も考えず咄嗟に取り外した。それが図らずとも交渉成立の証になってしまったことに気づいたのは、これよりもう少しあとの話。

(20121128)
菊丸くんお誕生日おめでとう!

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