前回に引き続き重い話
※表現注意



クラスメイトの苗字が死んだ。嘘じゃろて思ったのにまじもんの葬式が開かれてた。ガッコのすぐ近くの葬儀場じゃ。棺桶ん中の苗字の顔は普通に眠ってるようにしか見えんかった。あとはあんまり覚えてない。帰りがけにブンちゃんにちらっと思ってたこと話したら思いっきりグーで殴られて口ん中切れた。人がボンヤリしとる隙を狙うとかひどい話じゃ。そーゆーのは俺の専売特許じゃろ。でもあれ、なんでブンちゃんが泣いとるんじゃろ。なんてな。俺が泣かせたっぽいのはわかる。なんか色々通り越して笑えた。すまんブンちゃん。あーもう今日は色々と駄目そう。あとの授業なんぞ出る気にならんしこのまま屋上にでも逃げるぜよ。うちのガッコは仮にも有名私立じゃき七限目とか余計なもんがこんな日にも存在する。まったくもってアホじゃろ。デリカシーっちゅーもんが欠如しとる。

苗字のことは別にただのクラスメイトじゃくらいにしか思っとらんかったが、ブンちゃんに話した通りあいつの声は好きじゃったきそれだけはよう覚えとる。ちっちゃな鈴みたいなんじゃよ。ころころしてて綺麗なん。俺は教室に居るとき大体は机に伏せとるけど、苗字があてられて何か話すときはいつも無意識に耳が傾いてた。でも苗字は磨けば中の上って感じのまあ平凡な見た目じゃったし、それだけじゃ。もっと好みの女ならいっぱい寄って来たし、俺も思春期真っ盛りじゃきそれに応じて遊んだりしとった。けどなんか、たまに苗字のこと思い出して、あの声とえっちしたらどんななんじゃろって想像して抜いたりしたことはある。クラスの女子で抜くくらい健全な中学生男子なら誰でもやったことあるじゃろ。だからべつに特別でもなんでもない。

「はあ、しぬ…」

俺が熱でぶっ倒れた初日、苗字がプリントを届けにきた。ぴんぽん鳴らされたけど家に誰もおらんしシカト決め込もうって思ったら、あの鈴の音みたいな声で「仁王くん?」って呼ばれてびっくりして飛び起きた。重たい体引きずって玄関あけたらピンクのふわふわのマフラーに包まれた苗字がそこにおった。

「わ、ごめんなさい。もしかしておうちに誰もいない?寝てたよね…ごめん」

苗字はびっくりしたように慌ててそう言った。ええよって言おうと思ったけどその前にばっとプリントの詰まったクリアファイルを差し出された。

「あの、これ…先生に頼まれたの。ここ帰り道の途中だからさ、あたし」

苗字はなんだかちょっと恥ずかしそうにしてて、まくし立てるように話した。その勢いに圧倒されて、やっとのことでありがとって言ったら苗字は頬染めて微笑んだ。それがなんか…熱に浮かされてたせいか知らんけど、すごく可愛く見えて、俺は思わず苗字に抱きついた。

「に、仁王くん!?」
「お前さん、かわええのう」
「あっ、熱いよ仁王くん大丈夫!?」
「へーきへーき」

たぶん体調崩して人恋しかったのもあるんじゃろうな。ころころ鳴る可愛らしい声に俺はひどく安心して、同時に胸がきゅーってなった。勢い任せに苗字を抱き締めて、そのままちゅーした。苗字の唇はちっちゃくて柔らかかった。その感触に夢中で吸い付いてたら苗字が苦しそうに息を漏らして俺の胸を押すから、やっと我に帰って離した。

「…に、お、くん」
「あ…すまん」
「いっ、インフル感染るじゃん!」

肩で息をする苗字の目は少し潤んでいて、それがまた俺をどきりとさせた。なんでじゃろ。なんでこんなに可愛く思えるんじゃろ。

「いや…予防接種受けとるき、インフルじゃなか」
「わ、わかんないよ。ちゃんと病院いった?」
「…いっとらん」
「だめじゃない。すごい熱いよ?寒くない?」
「…さぶい」

たぶんそんときの俺は目の焦点も定まってなかったと思うし、苗字からはすごいやばい感じに見えたんじゃろな。ちゅーしたことを怒るより、俺のことが心配って顔をしてた。苗字はほわほわのマフラーをほどいて、俺の首に巻いてくれた。それで、なあ。こんなときこんな風にやさしくされたらどうなると思う?

「…苗字すまん、もいっかい」
「え…っ!」

もう一度苗字の顎をつかんで唇を塞いだ。脳みそとろとろじゃ。熱で頭がぼうっとしてた。ぼうっとしてる頭ん中に響く苗字の声は、俺をおかしくさせた。なんか止められんくて、やってしまったと思ったけど、同時にもっといってしまいたいって思った。こんときの俺はほんにどうかしてたと思う。

「に、仁王くん!遊ぶ相手は選ばなきゃだめだよ!」

次に自由になったとき苗字はそんなことを言った。顔真っ赤にして。俺が女関係だらしないっていうのは周知の事実じゃき、まあそうなるんかってなんとなく、ぼんやりした頭で納得した。

「じ、じゃあたし帰るね!あたしがインフルったら仁王くんのせいだからね!」

そんな捨て台詞みたいなのを残してゆでだこみたいな苗字は逃げるように去って行った。で、それが。そんときのそれが、自分の見たあの子の生前最期の姿になるなんて誰が思う?ぶっちゃけ苗字の死に顔見てきた今でもさっぱり実感がない。

「俺のせい…か」

あんときの俺はまじで自分がインフルなわけがないと思い込んでたし、感染ったとしてもただの風邪じゃろとか思っとった。あのあと帰ってきた姉貴がリビングで力尽きて伸してる俺に驚いて大袈裟に救急車呼びおって、そんで運び込まれた病院で初めて発覚した。おいほたえなや。予防接種受けた意味ないじゃろ。ガッコにインフルですって報告してからは誰も見舞いにこんかった。まあ仕方ないぜよ。熱下がってガッコ行ったら案の定苗字はインフルって休んでて、悪いことしたなあって思った。そこで逆に俺が見舞いに行くってのもなんかアレな気がしたし、次会ったときちゃんと謝って、マフラー返して、それから…もっかいちゃんと話してみたい、とか色々考えてた能天気な俺。でも普通そうじゃろ。誰が想像するんじゃ?クラスメイトの突然死って。こんな現実、幸村が倒れたとき以上に受け入れ難いぜよ。

結局俺は苗字のこと、なんも知らんままじゃった。覚えとるのはあの声と、唇の感触だけで。でももうあの喉が鳴ることはないし、あのぷにぷにの唇も死臭を放つだけになってしもうたんじゃて。信じられん話ぜよ。あと俺んとこに残ったのはこのマフラーだけ。ちゃんと返さんといかんなって思て持ってきたけど、なんか、何となく手放せんかった。なんじゃ、このほわほわ。まるでしあわせを形にしたような淡いピンクのほわほわは、ちっとも俺のことをしあわせにしてくれん。ただ首に巻いたらちょっとあったかいだけじゃ。

のう苗字。お前さんはどんな子だったんじゃ。もっと知りたかったぜよ。ああ…でも知らんでよかったのかもな。おかげでまだ俺は泣いとらん。泣くほどお前さんのことなんぞ覚えとらんきに。のう、そろそろ骨と灰だけになった頃か。ならこの真っ黒い雲ん中のどっかにお前さんの魂があるんかもな。はは、センチメンタル俺。似合わんのう。安心せい、意地でも泣かんよ。その前に空が泣くじゃろ。のう、苗字。今日はいい天気ぜよ。

(20120801)
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