hotch・potch

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編入生。
ある日の朝食後、ホグワーツで未だかつて耳にしたことの無い言葉を聞いて唯は目を丸くした。ダンブルドアがにこやかな笑みで少女の背に手 を置き、紹介をしている。持病のために入学が遅れたなんてありがちな理由を言い、張り付けたような笑みを浮かべて。濃いブラウンの髪をふわふわとカールさ せた、そこそこ可愛らしい印象の女の子だ。名を名乗る前に一礼したことで日本人だなと分かる。

原作にいないはずの編入生で、日本人で、同じ年位の女の子。御仲間かしら。
本の中に迷い込んだつもりが、よもや似通ったパラレルワールドとは思わなかった。自分の手の範囲を出ないストーリーに、多少飽き始めていたところだ。必要性も感じないから、自分から接触を持つつもりはないけれど。この際この世界が本そのものでなくたって構わない。

彼女の登場で、この世界はどう転がるか。期待もしていたというのに。がっかり残念、とだけ言ってもいられない事態に陥ってしまった。
彼女は組み分けでグリフィンドールへ入寮する。その後1週間して最初に私の所へやってきたのは、彼女本人ではなくハーマイオニーだった。


「申し訳ないけれど、私はあの子の事を好きになれそうもないわ」
怒り心頭に腕組みし、舌打ちまでしながら吐き捨てる。
「暫くハリー達とは居たくないの……迷惑かけるでしょうけれど、私と一緒にいてもらえない?」


見た感じ、それ程頭が悪そうにも見えなかったし性格も悪そうには見えなかった。一体何があったのかと説明を求めても、ハーマイオニーは口を噤んでしまうのだ。取りあえず自分で分かるだけのことは調べてみようと、双子と接触を持った所で事態に気付く。
いつもなら満面の笑みで駆け寄ってくるはずの双子が、唯を見止めて逡巡し目配せしたのだ。

声をかけようとしたが、2人は唐突にこちらへ背を向け駆けだす。何だって言うのよ、もう。半ば苛立ちながらハーマイオニーに報告すると、彼女は眉を下げ俯いた。
双子の態度に驚いた様子もなく、ただ失望したかのような表情。彼女は双子が何故あんな態度を取ったのか承知しているようだ。無理に問い詰めると、彼女は躊躇いがちにぽつりぽつりと説明を始めた。


「私がグリフィンドール生を騙して利用している?転入生がそう言ったの?」
「ええ、そうよ」


人気を逃れて空き教室に移動した。唖然とする私に、ハーマイオニーが重々しい口調で同意する。正直大正解だけれど、どうしてそれを顔すらまともに見ていない転入生に指摘されたのかが分からない。それに、問題はそれだけじゃない。


「グリフィンドールの男の子達は皆その話を信じてるって、本当なの?」


それが事実ならば、彼女が私の元へ来た理由もハリー達が来ない理由も分かる。彼女は寮内で転入生や、ハリー達と喧嘩になったのだ。寮内では今も、ジニーやハーマイオニーを中心とした女子生徒とハリーやロンを中心とする男子生徒の喧嘩が絶えないらしい。私を信じるかどうかで。こんな事態を招かないように、私は普段から彼らと接触を保ち友情めいた物を築いていたはずだ。それを、たった1週間前に現れた人間が覆す。そんな ことが実際にありえるだろうか?

長年かけて作り上げた絆を忘れてしまう程の強い情動を呼び起こす存在。ありえたとしたら、最早それは――呪いと同じだ。


「どうしてあの2人が急にあんなことを言い出したのか、私にも解らないの。でも忘れないでアヤ、私にとってあなたは、掛け替えのない親友よ」
「ありがとう。私も貴方の……貴方達のことは大切な親友だと思っているわ」


にっこりと普段と変わらぬ笑みで彼女の手をとってやると、曇っていた顔も安堵に緩んだ。
ロンはともかく、あのハリーが私を疑うなんて信じられない思いもあるけれど。会ってみないことにはわからない。ハーマイオニーについてきてもらうことにして、私は早速グリフィンドール寮を目指した。

寮へ近づくにすれ、当然グリフィンドール生が多くなる。ここに来てようやく異常が見て取れた。今までなら明るく挨拶を交わしていた男子生徒が、そろいも揃って私たちを訝しげにじろじろと眺めるのだ。逆に女子生徒たちはハーマイオニーと連れ立つ私に安堵の表情を見せて挨拶してくれるが、その態度はどう見ても周囲の男子生徒を気にしていた。

早速ハーマイオニーが寮へ入り、ハリーを呼び出すことになった。もめていたのか、ハリーが顔を出したのはそれから10分程過ぎてからのことだった。のっそりと絵画の入り口から現れたハリーは、私を見て眉をひそめる。今までには無かったリアクションだ。そして、彼についで知らない女生徒が出てきて、彼と私の間に立ちはだかる。

多分この子が転入生だ。
彼女は、さも当然と言わんばかりに私を睥睨した。


「こんなところにスリザリン生が何の用?言っとくけど、これ以上ハリー達を騙そうとしても無駄だからね!私がついてるんだから!」
「一体何のことを言っているのかわからないわ。あなた、私と会うの初めてよね。どうしてそんなに失礼な物言いをされなきゃならないのかしら」


眉をひそめて彼女を見据えながら、同時に女の背中に隠れるように立つハリーを伺う。転入生が苛立ちを露わにすると、彼までもが目くじらを立てていた。


「彼女を悪く言うな!僕をずっと騙していたくせに!」
「ハリー、あなた……それ、本気で言っているの?」
呆れが過ぎて、一瞬ハリーを見捨てそうになった。
「私はあなたを騙した覚えなんて、全く無いのよ」
ハーマイオニーが駆け寄り、私の手をぎゅっと握りしめる。
「ハリー、目を覚まして。今までアヤはずっと頼りになる親友だったわ!今だって!」
「親友?友人?スリザリン生が!?ありえないでしょ!」


転入生は嘲笑を浮かべ、鼻を鳴らした。スリザリン生が、ね。小さくため息を吐き、額に手をやった。よりによってこういうタイプの子が来たか。しかも、やっかいなことに私より恵まれた形でこの世界に招かれたようだ。確か居たわよねぇ、一部のファンに。
――グリフィンドール絶対主義者。

なにをするにもグリフィンドール的な考えが正しいと思いこんで、スリザリン寮をやたらと敵視してるファン。一方的に差別しているとか、無駄に偉そうとか……まあ、ドラコやらパンジーやらの、目立つ生徒の言動を安直に捕らえてそう考えるようだけれど。

偉そうなのは家庭環境のせいよね、確実に。事実今の魔法界上層部は、純血一族が占めているんだから仕方ないじゃない。差別はお互い様。ウィーズリー家を見ればよく分かるわ。彼らだって、純血一族やスリザリン寮というものをひどく差別している。

ドラコは素直に言えないだけよ。性格上ね。パンジーは単純な子だから、本音を隠したドラコの態度をひねりもなく捉えて味方をしているつもりなの。彼らの問題は話せば長くなるから割愛するとして。要は同じ人間同士、どちらかが完璧に正しいなんてありえないってことだと、個人的には思うのだけれどどうかしら。


「スリザリンだから何だって言うの。ハリーは言ってくれたわ。スリザリンになったとしても、私たちは友達だって!」
「それは……でもっ、」
「お願い、ハリー。話を聞いて!貴方自身は私をどう思っているの?私が貴方にどんな嘘をついて、何のために騙しているって言うの!」


ハリーが言葉につまり、転入生を縋るように見た。彼女は得意げに胸を張ると、なにもかもを分かった風に頷く。


「何のため?理由はアレでしょ。あんたも私と同じような立場なんでしょうけど、あたしには分かるのよ。だってあんたは、例のあの――」
「やめて!」


素で顔から血の気が引いたのが解る。勿論恐れなどではない、怒りからだ。青ざめた顔で唇を噛みしめる。ハリーが明らかにたじろいだ。


「ハリー……話したの?」


ハリーは無言で顔を背ける。へぇ、そう。秘密を話したことに後ろめたさはあるわけ。
じんわりと目に熱をこめ、瞳を潤ませる。小さく体を振るわせ一歩退くと、ハーマイオニーが背後に立ち私の体を支えた。


「どうしたの、アヤ?」
「あれは、私とハリーだけの秘密だったじゃない!スリザリン生でも信じてくれるって、友達だから頼ってくれ、って……全部嘘だったの?」


最後の一言と同時に、頬へ涙を伝わせる。打ちのめされた(振り)の私を見て、ハーマイオニーがハリーを鋭く睨みつけた。


「もう戻りましょう、アヤ。ハリーは私の知らないうちに性根が歪んでしまったみたいね。あの2人の面倒なんて見なくたっていいのよ!うちの寮にこだわらなくても、あなたにはレイブンクローやハッフルパフにだって友人が沢山いるわ!」
「は……?なにそれ、利用っていうか逆ハー狙い?マジうける!普通そこまでやらないよね。最低〜!」


泣く私を見て大笑いする女。思ったより、この子は性格悪いみたい。後ろのハリーのほうが、よっぽど可愛げのあるリアクションしてるわよ。
それにしても、あのことを知られてしまったのは不味い。まだあの設定は、公然の秘密であってもらわなきゃならない。10年もかけて丁寧に造り上げた舞台なのに、あの子が壇上で大暴れしてくれたお陰でめちゃめちゃよ!どうしてくれるの!

――このままでは済まさない。絶対に!

涙にくれ、傷ついた姿を隠さずグリフィンドール寮に背を向ける。背後で少女の高笑いと、勢いよく絵画が閉じられる音がした。

一先ず、あの少女の持っている力が何なのか調べなくては。そもそも異界の人間は魔力がなく、魔法が使えないはずなのだ。私がこのホグワーツに通っていること自体を不思議に思っている様子は無かったから、異界文書の存在すら知らないのだろうとは思うけれど……。ダンブルドアは知っているはず。あの少女が入学する過程で、どうやってもダンブルドアとは接触を持たなければならないし、彼に真実を黙ったまま彼女が入学出来たとはお到底思えない。

 寮に戻って早速黒曜にグリフィンドール寮へ向かわせた。さっき談話室でひと騒ぎ起こした結果、パンジー達が気を利かせて私を1人きりにしてくれている。10分と経たず戻ってきた彼は、楽しそうに口元を歪ませ報告する。返ってきた答えは、彼女の予想とはまるで違ったものだった。


「……人間じゃ無い?」
『そうだ』
黒曜は真面目な顔で頷く。
『あの小娘自身は気付いていないようだが、一目で分かる。アレはヴィーラだ』


ヴィーラという生物は皆銀髪に白い肌の扇情的な生物じゃなかったかしら。そう尋ねると、黒曜が困ったように頬を掻いた。


『そのはずだがな。毛色が違った奴が生まれたのかもしれん』
「ホグワーツに魔法生物が入学しているっていうの?でも、本人が自分を人だと思い込んでいてそれなりの知能があれば……」
『元が異界の存在であっても、この世に存在する魔物に身を落としているのであれば魔法を使うことも可能だ。何故アレがそこまでのことをしたのかは解らない』
「取りあえず今解ることは、あの子がヴィーラで、グリフィンドールの子達が揃って落とされちゃったってことね。不味いわ……」


このままでは、気付いた時にはホグワーツ中の男が揃って敵に回る可能性がある。今ならまだ冗談で済むけど、あの秘密が広まっても困るのよ。舞台を途中降板させられた上に牢獄行きは避けたい所ね。そうなると、私も大手を振って表舞台に出るのは止めた方がいいかしら。

何か、いい方法は無いものかしら。考え込む彼女の口元は、楽しそうに弧を描いていた。
これは、神様が私のために用意したイベントなのかもしれないわ。
最近退屈していたのは、本当だもの。


・・・


――私が直接動くのはここまでにしておきましょうか。

すとん、と階段の最後の一段を飛び降りる。まさかこんなくだらない用事でこの部屋を再び訪れることになるとは思いもしなかった。あの子に感謝すべきかしら?
事態が発覚してからたった2日でここまで辿りついた。私が思う以上にあの子は警戒されていたらしい。正体こそ広まってはいないものの、ここまでの嫌われぶりは、僅かに同情すら覚える。


『あの小娘も終わりだな……どの道、あの力がホグワーツ全体に満ちれば流石に追い出されただろうとは思うが』


あの子が私に直接敵意を持たずに、普通に過ごしてくれたらそういう穏便な別れでもよかったのだけれど。駄目よねぇ、私の舞台の邪魔をしたら。帝王ですら許さなかったのに。

黒曜が楽しげにくつくつと笑い、頭上で腕組みをする。廊下に躍り出て背後を振り返る。扉が完全に閉じ、石像が再び己の守るべき位置に収まった。

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