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ROUND4 タオルを投げ入れておくれよ




こいつほんまに美味そうに食いよるな、と俺はなまえをじっと見つめた。今日も今日とてこいつは閉店間際に来よる。と言うかもはや習慣と化しとる。
「そんなに見つめられたら穴が空いちゃうよ」
こちらの視線に気づいたなまえは、おどけたように言う。
「今日えらい可愛らしい格好やなと思て」
「んふふ〜、今日は婚活パーティーとやらに行って来たのですよ」
「は?」
「自分で少しは動いて見ようと思って!」
衝撃の事実に焦りを隠せん。そうや、こいつは変なとこで行動力のあるやつやった。
「……ええ人おったん?」
「んー」
もぐもぐとおにぎりを頬張るなまえに恐る恐る尋ねる。めいっぱい頬張って可愛えな……ってちゃうわ。今の返事どっちやねん。
「あんまり。やっぱり治と付き合ったからかハードル上がっちゃったのかな」
「ほぉん……」
「まあほんとはお試しで友達の付き添いみたいなものだったしね」
「てっきり本気で婚活しだしたんかと思た」
「うーん……私にはまだ早かった気がした……。初対面の人とコミュニケーション取るの難しいね。あ、でも一人よく話しかけてくれる人が居たよ」
付き添いみたいなもんやと聞いてほっとした直後、とんでもない爆弾が投下されよった。誰やねん俺のなまえに(まだ俺のちゃうけど)近づく輩は。それ完全に気に入られとるやろ。本人無自覚なんが心配でたまらん。そんな心配を他所になまえは目の前の料理をペロリと平らげた。


・*・*・*・*・


厨房の後片付けも終わり、なまえを家に送ってやるのも習慣化しとる。俺にとっては愛しい時間や。
「もう閉める?」
「おん」
「じゃあ先に外出てるね」
そう言って表から出るなまえ。多分店先で待っとくつもりなんやろな。そこで店先の暖簾を下ろしてないことを思い出す。扉を開けながら声をかけようとした。
「なまえ、暖簾忘れとった、……?」
話声か店先からして、どうやらなまえは誰かと話しているみたいやった。
「お姉さん一人?」
「いえ、人を待ってるので」
聞こえてくる内容からして、どうやら酔っ払いに絡まれとるみたいや。周辺には居酒屋も何件かあるし、酔っ払い自体は珍しくはないけどこれはいただけへんやろ。
「そんなこと言わんと」
「いや、困りますって」
「どないしたん、なまえ」
すかさず彼女と酔っ払いの間に入り込む。さすがにこれだけ背の高いガタイのいい男が出てきたら怯んだのか、酔っ払いはすごすごとその場を後にした。
「……大丈夫か?」
「ちょっとびっくりしちゃった」
「やっぱり中で待たせといたら良かったな」
「ううん。治が助けてくれたし」
「何もされてへん?」
「大丈夫。ありがと」
そうは言うものの、彼女は怖かったんか俺の服の裾を握っとる。無意識なんかは知らんけどその仕草に心を撃ち抜かれる。
店内での発言にしても、こういった仕草にしても、もしかしたらなまえはまだ俺のこと好いてくれとるんちゃうやろかと期待してまう。彼女を揺さぶってみたいもんやけど、どないしたらええんやろな。
ぎゅっと握っとるその手をそっと外して、包み込むように手を繋ぐ。なまえの手、こんな小さかったっけ。久しぶりに手のひらに伝わる彼女の熱に胸が高鳴る。
「お、治?」
「びっくりしたんやろ。安心するまで握っとき」
おずおずと握り返され思わず顔がゆるむ。そのゆるみを隠すのに俺は必死やった。
まだ片付けあったでしょとか、鍵閉める時くらい離して大丈夫だよとかなまえは言うけど、俺は一切離す気はなかった。片付けも適当に済ませ、彼女の家に着くまでずっと手を握っとった。


・*・*・*・*・


そうしてなまえを送った帰り道、さっきまでの彼女の温もりが残る手のひらを見つめる。手を繋ぐだけでこんなに表情ゆるむとか学生か。
歩き出し、ふと夜空を見上げると月が綺麗なことに気づいた。月が綺麗ですね、なんて彼女に伝えられる日はそう遠くなければええなぁ。