気付き

「おはよ」


朝一番に聞く、その、澄んだ声。
教室のドアに目を向けると、真っ白なワイシャツ姿がまぶしい。

そのサラッとした、他の男子には無いキレイさに、気づいたらいつの間にか恋をしていた。







「ねーみどりー」

「んー…」

「聞いてる?昨日彼がね」

「そっかー」

「……何、どこ見てんの。あ分かった、高尾でしょう」

「いやっ、違うから」

「違うの?じゃあ誰さ」

「い、いーのっ、誰でも!それで?なんの話だっけ。オムライスの話?」

「……」




昼休み、夏の蒸し暑い教室の中で友人と談笑する彼に、自然と目がいってしまうのは、もうどうしようもないと思う。

意識すらそこに向いてしまうほど、食い入るように見つめるのはどうなのかな、とは思うけれども。






「高尾ー!こっちパス!!」


ボールを追いかけて校庭を走り回る彼は、汗一つかいてなくて、やっぱりキレイだなぁと思ってしまう。

たまに見せる笑顔が儚げで、そこにまた、キュンとしてしまって。

どうなりたいとか、そういうのは無かったけれど、ただ見つめることでは足りないと、欲が生まれ始めていたのも事実だった。







成田 椿。

それが、彼の名前だった。









「「あつ、ごめん」」

高校入学後の5月半ば、教室後方で誰かとぶつかった。

とっさにごめん、と謝った後 上を向けば、同じようにこちらを見下ろす顔があった。

視線がかち合う。


コンマ数秒で視線と身体は離れたけど、バクバクという音が体内で響いていた。






…なんだ、これ。




感じたことのない気持ちの名前など分かるわけもなく。

それが恋なんだと気づいた頃には、雨がじっとりと落ちる季節になっていた。




何で恋なんか。
ただぶつかった、それだけのことなのに。なぜ。



雨の降りしきる窓の外をぼーっと見つめながら、なぜなぜと理由を問い続けた。
でも分からなかった。

彼をなにも知らない、どこが好きなのかさえ分からない。

でも近くに寄れば緊張して、遠くにいれば見つめてしまう。

これがそういう感情だと気づくことができないほど、私は鈍くできていない。





…ただ、わかったこともある。

彼はサッカー部に所属していて、数学が得意で。
でも美術が苦手で、「ペアの人の顔を写生して下さい」と先生に言われて熱心に描いていたけれど、出来上がりを見てみればエイリアンみたいな絵だった。
さすがに吹き出さざるをえなかった。申し訳なかった。


笑う時は眉毛を下げて笑う。
笑い始めるときの音は「ふっ」。
その後「は」の連続に変わって、それはとてもあどけなくて可愛い。

走るのが早い。ピアノが弾ける。
押しに弱くて、頼まれると断れない。
掃除当番を代わってるのとか、提出のノートを運んでいるのとかをよく、目にする。



知れば知るほど好きになっていくのが分かって、楽しくて。


だから知らなかったんだ。
私の彼を見つめる視線に気づいている人が、いたなんて。

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