出発地
授業終了のチャイムが鳴る。
開いていた古典のノートを閉じ、シャーペンと消しゴムを筆箱にしまう。
いすを引いて立ち上がり、教室の後ろの席まできて止まった。
「…緑間くん」
「…なんだ」
後片付けの最中だった彼が、その緑色の髪を揺らしてこちらに顔を向けた。
「話が、あるの」
「…そうか」
そのつづきを言わなくとも、分かってくれたようで。
黙ったまま、私の右後ろについて廊下を歩いてくれた。
夏だというのに。
北校舎はやけに涼しい。
校舎裏にある森に光が遮られるからか、少し薄暗く、ほかの場所よりもべたつかない。
着いたのは化学準備室。
ここは少し、肌寒いくらいだ。
「…あのね、私、」
「決めたのか」
「えっ、」
向けていた背中を反転させる。
視界にとらえた彼は、普段通りに落ち着いていて。
あぁ彼にはやっぱりぜんぶ、お見通しなんだな、と。
「──うん。決めたの。私、オーケーしようと、思うよ。」
「…そうか」
今までありがとね、と言うと“別に、礼を言われるようなことはしていないのだよ”とお得意のツンデレが出た。
私は少し笑うだけで、教室までの帰り道は、2人、並んで歩いた。
窓から射し込む柔らかい陽光が、私と、彼の影を作る。
足下に落ちたそれを踏まないように、静かに、注意しながら、彼の横顔を見ていた。