君の手
ばくばくとさっきから心臓の音がうるさい。
止まって、バレてしまうから、でも止まったら死んじゃうんだけど。
いつもなら助けを求める緑間くんも、今はここにいない。
「分かれましたねー?では各グループごと、適当にプラン練って紙に書いて、私まで提出してください。以上」
委員長の言葉に、班のなかでテキパキとプランを決定していくのは成田くんで、その横で いーんじゃん とか適当に相づちをうっているのが高尾くんだ。
他の女子も賛同し、あっという間に話し合いは終了。さすが成田くん。おみごと。
とまぁ皆さまお分かりのとおり、私は再来週の自主研修で、幸か不幸か、成田くんと同じ班になってしまったのでした。
「ねぇ高尾くん。」
「なに?」
「なんでそう、顔面がイヤらしいのかな」
「え、ひどすぎじゃね?」
高尾くんは班が決まってから話し合いが終わるまで、終始お顔がニヤニヤしていた。
鋭い高尾くんのことだ。
何も言ってはいないけれど、きっと私の好きな人が誰なのかを察しているはず。
だからってあんなあからさまにニヤけなくても。
ばれちゃうでしょう。まったく。
「水野!」
「!」
名前を呼ばれて振り返る。
うわぁ、爽やかすぎる。こっちに近づいてくる彼は、もう全体的に眩しい。
「どうしたの?」
「いやーなんか、まぁ率直に言うと水野に頼み事が、あるんだよね」
困ったように笑う彼が、いつもよりずっと近くにいるのが新鮮でドキドキして死にそう。
あなたの頼みならなんでも聞きますとも。
「これ、…やってくんない、かな?」
「え、これ…」
彼が見せてくれた紙には“搾りたてを調理しよう!”という題がでかでかと書かれており、その横に牛さん、ピザ、アイスクリームなどの乳製品の絵。
つまりこれは、私たちが研修で訪ねる牧場で行う、料理教室の案内だ。
うちの班から1人参加者を出せと、担任に言われたらしい。
「うちの班で一番こういうの得意そうなの、水野かなって」
勝手な意見なんだけど、と頭をかく彼。
ねぇ、そんなこと言われて私はどうしたらいいのでしょうか。
嬉しくて嬉しくて、大して料理なんてできないのに引き受ける気しかないです。断るなんてこと、勿体なくてできません。
「うん、いいよ!引き受けるね」
「マジ!?ありがとう!
水野の作る料理、楽しみにしとく」
「え、あんまり期待はしないで…」
「はは、じゃあよろしく!」
成田くんは、満開の笑顔で私の横を通りすぎていく。
その時、彼の右の手が私の肩にポンと置かれた。
一瞬の出来事だった。
頬が瞬時に上気する。
彼の手が触れていったところだけ、私の体じゃないみたいだ。
じくじくと音がするくらいの熱を、孕んでいた。