震える

「…水野、」

「……初恋は、実らないらしいからさ」

「…」

「だから、いいんだー…」


吹っ切ろうと口では強がってみても、涙が、溢れてしまう。

止めようと歯をくいしばっても、上を向いて深呼吸しても、濡れてゆく頬。
心がひどく悲しくて。


放課後の教室、私と、緑間くんしかいない真っ赤な夕日のさす教室で、わりと静かに、悲しみに浸っていた。




















「そーいやさ、2組の成田がフラれたらしーよ」

「え、成田が?フラれた?誰に
あいつ好きな人いたんか」

「んー、なんか部活でさちょっと様子が変だったから“フラれた?w”ってからかったんだって。したら、苦笑いするだけで否定しなかったらしい」

「うっそまじかー
あいつのことフるやつなんていんだな」








移動教室でたまたま通りかかった他クラスの廊下。
偶然耳に入ってきた“成田”の一言に耳の神経がそちらに向くのがわかる。


さらに衝撃的だったのは……その内容で。

フラれたとかどうとか、好きな人がいたとか、どうとか。


好きな人が、いたんだ。
そんなこと考えたこともなくて、結ばれたいとも思わなかったけれど、こんなに早く終わりが来るなんて。

何も始まらずに、全てが、終わったのだと。


彼の“フラれた?”と聞かれたときの苦い微笑みが、鮮明に想像される。

なんて切ない微笑みだろう。
なんて、呆気ない終わりだろう。


苦さが込み上げてきて、涙腺がふと緩みかけた。
ぐ、と拳を握って教科書を強く抱いて、早足で廊下を歩いた。
なぜ、そんな、どうして、



…あぁ、この苦しみは、自分のなかだけで消化できるだろうか。

1人で涙を流すだけで、忘れられるだろうか。捨てられるだろうか。


きっとできない。
この苦しみを、後悔を、何も始めなかったことへの後悔を、吐き出さなければきっと、私の内側に残ってしまう。
しこりとなって拭えなくなる。

彼に、聞いてもらわなきゃ。



救われたい。この喪失感から救われたい。
好きな人がいるという充実を、華やいだ色の 日々を失うことから逃げ出したい。




______“「頼れ」”





そういってくれた彼の言葉が脳内に響く。

今、あなたに頼りたい。

頼らせて、


















「緑間くん、あの、」

「なんだ」

「…放課後、空いてる日、ある?」

「運が良かったな、水野。それは今日だ」

「ほんと!?…じゃあ、私掃除があるから、放課後5時に201で」

「ああ」


彼は、分かっていたと思う。
私の泣きたい気持ち、悲しみ、むなしさ、寂しさぜんぶを。
だから彼は、短く返事をしたとき目を伏せた。
長い睫毛がキラキラ光って綺麗で、__涙が出そうに、なった。

そんなことで泣きそうなんて、情緒不安定すぎる。
いくら虚しい失恋をした直後だと言っても、おかしい。



「ねぇ、高尾くん」

「んー?」

「緑間くん、てさ」

「うん」

「なんであんなに、綺麗なんだろうね」

「は?」


彼は、綺麗すぎて、私の心をひどく切なく震わせるのだ。
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