そうなんですよ。
僕は、兄のいた教室へ行こうと、ずっと決めていたんです。
あの時、不運な事故として片付けられた兄の死因に疑問がありましたから……。
僕は事件の真相を求めて、立入禁止の旧校舎へ忍び込みました。
そこは、思っていた以上に不気味で、ひんやりとした空気が漂う空間でしたよ。
かつて僕が憧れた、暖かい木の校舎というイメージは、すっかり失われてしまっていましたね。
今にも抜け落ちそうな階段を踏み外さないように上り……。
ギシギシ軋む廊下を数メートル程歩いたところに、兄の教室はありました。
建て付けの悪いドアを開けて、教室の中へ一歩足を踏み込んだ瞬間……。
僕は軽いめまいを覚えました。
教室の中には、先客がいたのです。
夕日の差し込む窓辺に立っていたのは、背の高い男の人でした。
見慣れた背中……。
いつも僕の少し前を歩いていた兄の背中です。
この僕が、兄を見間違えるはずがないでしょう。
幽霊……?
残像……?
幻影……?
いいえ、そんな陽炎のような存在じゃありませんでしたよ。
教室の床には、夕日を浴びた兄の影が、くっきりと長く伸びていましたからね。
僕が荒井昭二として生まれ変わったように、兄も転生していたんだ……。
そう思いましたよ。
それで……、思いきって声をかけたんです。
以前と同じように、「兄さん」と……。
ところが、窓辺に立つ兄は振り返ってはくれません。
……声が小さすぎたのでしょうか?
そこで、もう一回。
今度はもう少し近付いて、はっきりと声を出して兄を呼んだんです。
それでも、兄の反応はありませんでした。
揺すっても、軽く叩いても、兄はなんの反応も見せてくれません。
まるで、僕の存在なんて目に入らないかのように……。
兄は、窓の外に誰かを見つけたらしく、ゆっくりと右手を上げると、大きく降り始めました。
『すぐ行く』の合図です。
しかし、その合図を送る相手は僕ではありませんでした。
兄の目は、窓の外へ向けられたままでしたから……。
晴れやかで、すがすがしい……。
かつては、僕だけのものだった極上の笑顔を浮かべて……。
赤い夕日を受けて、兄の笑顔はいっそう輝いて見えましたよ。
その笑顔を見た瞬間。
僕の中に湧き起こる、ある感情がありました。
嫉妬……とでも、いったらいいのでしょうか?
僕だけに向けられていたはずのものが、別の人にも向けられている……。
そればかりか、兄は、すぐそばにいる僕に気付きもしないのです。
カッとなった僕は、兄の背へ手を伸ばし……。
ためらうことなく、その背を押しました。
僕を見ない兄なんて、僕には必要ありませんからね。
兄の身体はグラリと前へ倒れ、そのまま、僕の視界から消えてしまいましたよ。
……ええ。
本当に消えてしまったんです。
地面にぶつかる……!!
そう思った瞬間に、兄の身体はブワッと揺らいで、空気に溶けるように消えてしまったんです。
しばらくの間、僕は窓の下に見える花壇を見つめて呆然としていました。
そして、フッと顔をあげた時、校門に立っていた少年と視線が合ったのです。
その瞬間……!
僕の脳裏にある記憶が蘇りました。
兄が死んだあの日……。
校門から一歩も動けずにいた、僕だけが見た人影があったことを……。
僕と目が合った瞬間、驚きと恐怖に歪んだその人の顔……。
その顔は……。
他の誰でもない、この僕!
荒井昭二の顔だったんです!!
……なんてことでしょう!
僕は、前世の自分に嫉妬するあまり、最愛の兄を殺してしまったんです。
兄が死んだ瞬間は、前世の僕と現世の僕の時間が交錯する瞬間だったんですよ。
……ああ。
兄の背を押した時の感触が、今でも手に残っていますよ。
肌の温もりや、弾力がはっきりと……。
皮肉な運命とはいえ、僕は兄を殺したという罪悪感を背負って、生きて行かなければならないのです。
再び兄に出会えることを願って……。
その時こそ、僕の罪を償う時だと信じていますから。
……僕の話はこれだけです。
なんだか、懺悔を聞いてもらったような感じになってしまいましたね。
皆さんも、僕の話を教訓にして、気を付けて暮らして下さい。
運命の罠というものは、思いがけないところに仕掛けられてますからね。
愛する者を失うのは、本当に辛いことなんですから……。
それでは、次の方へ行きましょうか……。
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