01 さよならと言うことは許されない







平等と言う言葉はあまり好きではない。神様はあまりにもひどすぎる。どうして孝介は元気なのに私は病弱なのだろう。それは誰にも分からないことである。神様以外は。
本当は神様がいるのかすら疑っている。周りの人は皆が皆、神様はいると言う。そう思えるだけで幸せだろう。私には幸せなんて何一つない。あるのは悲しみと絶望の二つ。希望を持つなんていうことはとっくの昔にやめていた。私にはもう時間が無い。








12月。季節は冬である。私は真っ白な病室の中にいた。室内にいるのに寒気が襲ってくる。それは先日から拗らせている風邪の影響なのか、はたまた窓際のベッドにいるせいなのかは定かではない。
クリーム色のカーテンを閉め、一日中つけっぱなしにしているテレビを消した。あの人が来る時間だから。カーテンの隙間からひょっこり顔をのぞかせているのがあの人、つまり私の双子の兄、孝介である。




「・・・杏」
「孝介、どうぞ中に入りなさい」




孝介は言われたとおりにカーテンで仕切られている私の部屋に入り、来客用に用意してあるパイプ椅子に腰をかけた。




「杏、また食べてないんだって・・・?」




はあ、とわざとらしくため息を吐く。




「誰に聞いたの」
「看護士さん。すんげー困ってた」
「だって、食欲ないんだもん」
「んなこと言ってたら、病気治んねえぞ」




苦笑しながら頭をくしゃくしゃと撫でられる。孝介は知らない。私がもう治らない病気であること。そして後一ヶ月ほどしか余命がないと言うことも。どんなにきつい日でも孝介の前では弱音をはかないと決めているし、病気のこともあまり詳しくは伝えていない。弱音を吐いたら、伝えたら、孝介は悲しんでしまう。人が悲しむ顔は見たくないのだ。だって、なんだか私がひどい人に見えてしまうから。私は、自己中心的な考えしか持ち合わせていない。




「ほら、これ食べろ」




差し出されたのは一階の売店に売ってあるプリンだった。プリンは私の大好物で小さいころ、よく孝介の分も貰って食べていた。その度に孝介は違うものを貰い、私は怒られた。今になってはいい思い出だけれどあの時はすごく嫌でたまらなかった。なんだか孝介だけが甘やかされているようで。そんな私を甘やかしてくれたのは孝介だった。




私はプリント睨めっこした。食べ物を口にした瞬間に感じる体の底からあふれ出すような気持ちの悪さ、それが苦手だった。それでも孝介が買ってきてくれたのだから食べなければならない。食べるまで孝介は帰ろうとしないのだ。スプーンの端に少しだけプリンをすくい取り、恐る恐る口の中に入れる。口の中に広がってきたプリン独特の甘さ。プリンだけは私の身体が拒絶しなかった。もうひとすくいして次は孝介の目の前に差し出す。一瞬何のことだか分からずにスプーンの先を私を交互に見つめるが、最後は口を開いてその中にプリンを流し込んだ。




「おれ、プリンって久しぶりに食べたかも」
「美味しいでしょ。もうやんないけどね」




笑みを浮かべプリンを頬張る。孝介からは「うざい」と一言返ってきた。すべてを食べ終わるとそそくさと帰る準備を始める孝介に私は引き出しを開けて一組の手袋を渡した。




「手袋忘れたんでしょ。私のを貸してあげよう」




「いらねえよ」と言う孝介の手に無理矢理、手袋をはめさせ、きちんとマフラーも付け直してあげる。そして、それが終わると大嫌いな「別れの言葉」を告げ、帰っていく。だから何度もマフラーを付け直して時間を長引かせるが、それも数分の足掻きである。




「母さんに伝えることある?」
「今日も元気だよ。って伝えておいて」




孝介は苦笑いを浮かべ、「またそれかよ」と言い放ち「じゃあな」と別れの言葉を告げて帰っていった。私は何も言えなかった。ただ、彼の孝介の後姿を見つめるだけだった。





2010.08.3








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