「わぁ、ウォルドもそれ、できるんだ!」
「え?」
「私もね、それできるよ! おばあちゃんがね、これを男の人の前ですると効果抜群だ、って言ってた! どんな効果なのかは知らないけれど」
「え、ちょ、待って。なんの話をしてるの?」
ブルーベルはこほん、と一度咳払いをした。
「やるから、見ててね」
「だから、何を」
ブルーベルは僕と同じように顔を少し斜め下に向けて、両手は胸の前で丸め、体を震わせた。
「ウォルド、私のこと、好き?」
一体どこから出したのかわからないほど、可愛らしい声を出してきた。こんなブルーベル、見たことない。睫毛も微かに震えており、儚げで、守ってあげたくなってくる。
「大好きだよ!」
無意識の内にそう叫んでいた。ブルーベルは僕の目の前へと歩いてくると、目をぱちぱちさせながら、口元に左手を添える。
「じゃあ、私の言うことなんでも聞いてくれる?」
「うん、聞くよ、君のお願いだったら、なんだって聞いてあげる!」
可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い! ブルーベルが可愛すぎて、胸がドキドキする。
「僕は君の愛の奴隷です、って言って?」
「僕は君の愛の奴隷です! 僕は君の奴隷です! 死ぬまで奴隷です!」
ブルーベルの表情が普通に戻って、にこにこしていた。僕もはっとし、一体どうしてしまったのだろう、と激しく動揺してしまう。
「おばあちゃんがね、恋人や旦那様と喧嘩をして怒られたら、この技を使いなさいって教えてくれたの。大抵のことは許してくれるわよ、って言ってた」
「いや、その……、君のお婆様がどんな人なのか、純粋に興味がわいたよ」
「お婆ちゃんは、自分のことを魔女、って言ってたよ」
その魔女、という意味が酷く気になった。魔法を使うほうの魔女なのか、それとも男を手玉にとって誑かす類の魔女なのか。もしも後者だったら、どうしよう。ブルーベルにそういった技をたくさん仕込んでいそうで怖い。
「ちなみに聞くけれど、お婆様が教えてくれた技というものを、これまで僕に何回ぐらい使ったの?」
「二回目……? 前に恋人できちゃったごっこをしたことがあるし」
「あぁ……、あれね?」
そうして僕は理解した。
ブルーベルのお婆様は間違いなく後者の魔女だ、と。こういった方法、普通の人は思いつかないだろうし。
「おばあちゃんもね、ある人から教わった、って言ってた」
「ある人?」
「うん。おばあちゃんの、お師匠様だって。とっても美人で、数多の男の人を虜にする恐ろしい人だった、って言ってたよ」
「へぇ……」
ブルーベルのお婆様の師匠か。聞いているだけで凄そうだ。
「今回の勝負も私の勝ちね」
「え?」
ブルーベルが僕を見ていた。
「お婆ちゃんがね。惚れさせた者勝ちだって、言ってたの。ウォルドは私の愛の奴隷、って言ったから、私の勝ちね」
きっと、ちゃんとした意味がわからずに言っているんだろうなぁ、と僕は思った。でもまぁ、そこはブルーベルらしい。
「うん。僕の負けだよ。君には一生勝てそうにない」
僕がブルーベルに惚れているのは揺らぎようのない事実だ。ブルーベルは嬉しそうにはしゃぎ、抱きついてくる。
あぁ、どうすれば大好きな君の心を射止めることができるんだろうか。
僕はブルーベルの体を抱き返しながら、心の中でため息をついた。
後日。
ブルーベルが僕に下着を持ってきてくれた。
「パパに男性用の下着がどんなのかを聞いたら、こういうのだよ、って教えてくれたの」
白いシャツだった。男性用の下着は後ろの裾が長く、中心部を前へ回して留めるようにできているのだ。間違ってはいない。間違ってはいないのだけれど。
僕はブルーベルの使用済みの下着が欲しかったんだ。
いや、文句を言ってはいけない。これだって、ブルーベルの手縫いの下着なんだから。
「有り難う、ブルーベル」
「どういたしまして」
「僕もね、君に見せたいものがあるんだ。ほら、これだよ」
羊皮紙に描かれた小鳥、ロビンの絵を見せた。額縁に入れてあり、もう既に僕の部屋の壁に掛けてある。
「わぁ、こんなに可愛い小鳥さん、初めて見た」
「君にそっくりだよ」
ブルーベルは恥ずかしそうにもじもじしていた。
「ウォルド、大好き」
「僕も大好きだよ、ブルーベル」
僕はブルーベルの右手をそっと握った。ブルーベルも握り返してくる。
そうして、しばらく二人で小鳥の絵を眺めた。
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