そうして、ブルーベルがいつものように僕の部屋へと遊びに来た。 僕の家で過ごすのがもう慣れっこになってしまったのか、薪が燃やされている暖炉の前でごろごろしている。それがなんだか小動物みたいで和む。 「ウォルドのお部屋、あったかーい」 窓の外を見れば、雨が降っていた。真冬に雨だなんて、ブルーベルが寒がるのも無理はない。 僕は暖炉の前にいるブルーベルの無防備な背中を、背後から抱きしめたい衝動に駆られていた。 抱きしめて、ブルーベルに向かってこう言うんだ。 僕が温めてあげるよ。 って。 僕は心の中で想像をして、顔が真っ赤になってしまった。両手を頬に当てて、一人恥ずかしがる。 いや、温めてあげる、って、温めてあげるって。 なんだかいやらしい! 「や、やってみようかな」 ちらっ、とブルーベルを見れば、僕のほうを向いてぽかん、としていた。 「ウォルド、どうしたの?」 「え? う、ううん。なんでもないよ。それよりさ、今日は寒いよね」 「寒いね。ウォルドもこっちにおいでよ。一緒に温まろう?」 「うん」 ブルーベルのほうから誘ってくれた。僕はいそいそとブルーベルの隣へと座る。そうして、タイミングを見計らった。 どうやって抱きしめようかと。 さりげなく肩を抱くか、それとも腰を抱くか。 僕はさんざん悩んで、いいことを思いついた。 「ねぇ、ブルーベル。ちょっともたれかかってもいい? 僕、なんだか眠くなってきちゃったぁ」 「ん? うん、いいよ」 僕は体をゆっくりと横に倒して、ブルーベルの膝上へと頭を乗せた。ブルーベルは僕の頭を撫でてくれる。 「どうして撫でるの?」 「ウォルドが甘えん坊さんで可愛いから」 ブルーベルに膝枕をしてもらえるのは嬉しいけれど、これはちょっと作戦を誤ったかもしれない。これじゃあ恋人同士というよりも、姉と弟みたいだ。 だが僕はめげない。 「ブルーベル、お願いがあるんだけれど」 「なぁに、ウォルド」 「好きって、十回言って」 「どうして?」 「いいから、言ってみて」 ブルーベルは不思議そうに首を傾げたが、僕の言うとおりに喋りだした。 「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」 「僕のことは?」 すかさず質問をした。だがブルーベルは僕の顔を見て、きょとん、としている。何も答えない。 「ん?」 「ん? じゃなくて」 「?」 「……、わかった。もう一度好きって十回言って」 「うん。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」 「僕のことは?」 やはり、ブルーベルは黙り込んでしまった。僕の顔をじっと見つめて、困った顔をしている。 そんなに難しい質問だっただろうか。 それとも、僕の質問の意図を察していながら、わざとスルーをしているのだろうか。 「す、好きって、十回言って、ブルーベル」 「まだ言うの?」 「言ってよ」 「わかった。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」 「僕のことは?」 あ、やばい。僕は自分の声が涙声になるのがわかった。だって、まさかこんなことになるだなんて思わなかったし。 僕は、ブルーベルといちゃいちゃしたかっただけなのに。 そうして、先ほどと同様に、ブルーベルは何も答えなかった。ただただ、僕のことを見下ろしている。 「ウォルド、さっきから何を言っているの? 私にどうして欲しいの?」 痛恨の一撃を食らった。僕はこのまま呼吸が止まってしまうのではないか、とくらくらしてしまう。 「き、君が鈍いってのいうのは前々から知っているけど、それにしたってあんまりだよっ」 思わずブルーベルを非難していた。非難しつつ、ブルーベルの腰に両腕を回して抱きつく。 「ウォルド」 「もう、僕、元気が出ないよ」 「そうなの? じゃあ、どうしたら元気になるの?」 「ブルーベルが慰めてくれたら、元気になる」 「ふうん」 ブルーベルはそう言ったっきり、動かなかった。 僕はブルーベルを抱きしめたまま不安になってしまう。 どうして、慰めてくれないのだろう、と。 「あの……、ブルーベル?」 「なあに?」 「慰めてくれないの?」 「うん」 僕は目の前が真っ暗になった。もしかして、僕が調子に乗りすぎたせいでブルーベルが怒っているのだろうか、と。 「ブルーベル、どうして慰めてくれないの?」 「私に弱い部分を見せてくれるウォルドが愛しいから」 その言葉に、僕の胸は貫かれた。 愛しい、だって! 「ふ、ふうん……」 「ウォルドはいつも私の悩みをきいてくれたり相談にのってくれるけれど、ウォルドがこうして甘えてくれるのって、あまりないから」 これは、予想外だった。こんなことでブルーベルの印象が良くなるだなんて。 「別に甘えているわけじゃないよ。君の膝を借りて寝転んでいるだけだし」 頼られる男を目指していたはずなのに、どうしてこうなってしまったんだろう。僕は軽く後悔していた。 「ねぇ、ウォルド」 「ん?」 「好きって、十回言って」 ブルーベルの言葉に、僕は硬直してしまった。 「な、なんで?」 「言って? ね? お願い」 どうして僕がブルーベルにお願いをされているんだろう。 「やだって、言ったらどうする?」 ブルーベルは室内をきょろきょろしだした。 「えっと……、羽ペンはどこかなー」 恐ろしいことを言い始めた。今の僕にとって、羽ペンは第二のトラウマだ。ちなみに第一のトラウマは、小さ……、ってブルーベルに言われたアレだ。 「わかったよ、わかった」 「うん」 「じゃあ、言うよ。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」 「私のことどのくらい好き?」 その問いかけに僕は面食らった。同時に、なんて卑怯な質問なんだ、と思ってしまう。 「そ、それは」 「ねぇ、好きって、もっと言って」 「うぅ……」 「どうしたの? もっと言ってよ。私にはたくさん好きって言わせて、ウォルドが言わないのはズルい」 「……」 「ねぇ、もっと好きって言ってよ。ウォルド」 ブルーベルが僕の体を揺すってきた。僕はせめてもの抵抗に。 「どうしよっかなー」 と、はぐらかす。 「ずるいー! ねえウォルド、もっと好きって言ってよ!」 「えー」 「さっき私がたくさん好きって言っているのに、僕のことは? って何度も質問をしてくるし! あんなに好き好き好きってたくさん言ったのにっ」 ブルーベルにがっくんがっくん首がもげそうなほどに揺すられた。ブルーベル、もうちょっと力加減をしてよ。 「やっぱり言わなーい」 意地悪をしてそう言うと、ブルーベルは僕の頭を膝上から落とした。僕の頭はごすっという音とともに床の上に落ちる。 「いいよ、ウォルドがそういうつもりなら私にも考えがあるから」 僕は後頭部をさすりながら上体を起こした。ブルーベルは立ち上がって暖炉の前から移動をする。 「ブルーベル、どこに行くの?」 ブルーベルは僕の部屋にある机へと向かった。そして何かを探し始める。 「あぁ、あった、あった」 机の上にあったものを、ブルーベルが手にした。僕はなぜだか背筋が寒くなってしまう。 「ブルーベル? 何をしているの?」 ブルーベルは楽しそうな様子で振り返った。あどけない、それでいて曇りのない笑顔を浮かべながら。 「えへへ。あのね、羽ペンを探していたの。ウォルドがだーい好きな羽ペン」 ブルーベルが右手に羽ペンを握っていた。真っ白な羽がついた、羽ペン。 「いや、ブルーベル。それ、筆記具だから。擽る道具じゃないからね?」 僕は床にお尻をつけたまま、ずりずりと後退した。ブルーベルは羽ペンを指先で左右にゆっくりと揺らして、僕の方へと近づいてくる。 「ふふー、知ってる」 「ブルーベル、落ち着こう。ね?」 「どうしよっかなぁ」 「お願いだから」 「じゃあ、今日私が帰るまで、ずーっと好きって言ってくれる?」 「うんうん、言う、言うよ! 君が満足するまで言うから! ブルーベル、好き好き!」 ブルーベルは羽ペンと僕を見比べていた。擽るか、好きと言ってもらうか、秤にかけているようだ。僕の愛の言葉が軽いようで、傷つく。 「わかった。じゃあ、今日は許してあげる。そのかわり、好きってたくさん言ってね」 「うん」 羽ペンを部屋へ置いておくのはやめよう、と僕は密かに決めた。こんなことが二度もあったら、心臓に悪い。 ブルーベルを見れば、僕の隣にちょこん、と座っていた。羽ペンを僕に見せびらかしながら。 「ウォルド、好きって言って」 「ブルーベル、好きだよ。君が好き、好き、大好き」 「もっと言って」 「好き」 「もう一回」 「好き」 その後、ブルーベルは家へ帰るまで僕に延々と好き、って言わせた。好きって言いすぎて喉が痛くなったけれど、ブルーベルが幸せそうにしていたから、いいや。 |