16、作戦会議 「では、第九十九回目の作戦会議を始めます」 司会進行役のハンスがそう高らかに宣言をした。ハンスの前には屋敷にて働く侍女や庭師、料理人まで揃っている。彼らは黙って一様にハンスの話を聞いていた。現在彼らがいる場所は屋敷にある空き部屋であり、普段は滅多に使用されることはない。 彼らの使用を除いて。 「先日の出来事はもう既に周知のとおり、お坊ちゃまが浅はかな考えをしたばかりに、ブルーベルお嬢様の好感度が急降下してしまいました」 一人の侍女が反応をした。 「噂は事実なのですか。ウォルドお坊ちゃまがブルーベルお嬢様に、恋人ができたと嘘をついたというのは。ブルーベルお嬢様を跪かせて懇願させたいが為に、そんなことをしたと」 ハンスは重々しい表情で頷いた。 「事実です」 ざわつく周囲。 「ウォルドお坊ちゃま、いくらブルーベルお嬢様が好きだからって、気持ちを試すような嘘をつくなんて」 「しかし、ブルーベルお嬢様も手ごわい」 「ウォルドお坊ちゃまも、どうしてそんな卑怯な手を使おうとしたのやら。正攻法でいけばいいものを」 「男は当たって砕けろだ」 「いや、砕けたらダメだろ。せめて瀕死程度にだな……」 そんな会話を遮って、ハンスが話をした。 「我々はお坊ちゃまに加勢するべく、お坊ちゃまらぶらぶ大作戦を決行したいと思います」 屋敷にて働く者達が心を一つにして頷いた。 翌日。 ブルーベルはいつものようにウォルドの屋敷へ遊びに来た。そして老執事のハンスによって部屋を案内されたのだが、通されたのはウォルドの部屋ではなかった。 「本日はこちらでお坊ちゃまがお待ちです」 そうして部屋へ入ったブルーベルは、まず我が目を疑った。窓という窓は全て分厚い布で覆い隠され、テーブルやチェストの上にある燭台には火が灯されている。 「なんだろう、このニオイ……」 テーブルの上に、丸い陶器があった。小物入れのようにも見えるが、上部に開いている花の形をした穴からは白い煙が出てきている。どうやらそれがニオイの元らしかった。 「ブルーベル。どう? その香り。異国から取り寄せたサンダルウッドっていう香木を香炉で焚いているんだけれど」 部屋の中央で待っていたウォルドが話しかけてきた。 「変わった匂いだけれど、嫌いじゃないよ。落ち着く香りだね」 「よかった。ところで、どう?」 「何が?」 「こう、ムラム……、ドキドキしてこない?」 「しないよ?」 ブルーベルは異国の珍しい品物を眺めていた。その隣でウォルドは両腕を組む。 「おかしいな。催淫効果があるっていうから、わざわざ取り寄せたのに」 「え? ウォルド、なんて?」 「ううん、なんでもないよ。それより、こっちにおいでよ。座ろう?」 ウォルドはブルーベルに手招きをして、寝台の上へと腰かけた。ブルーベルはウォルドの隣へと座る。 「ねぇ、どうして椅子が無いの?」 「さぁ……。こういう内装なんじゃないの?」 ブルーベルは寝台へと振り返った。枕が二つ用意されており、その下に何かが置かれているのを見つける。 「これ、なんだろう……」 ブルーベルは枕の下にあるものを手に取った。 蝋燭。 なぜ、寝台の、それも枕の下にこのようなものがあるのか。ブルーベルが不思議に思っていると、ウォルドがそれらを取り上げた。 「はは。もう、やだなぁ、ハンスってば。きっと片付け忘れたのかなぁ! きっとそうだ!」 ウォルドはすぐさま、適当なチェストの引き出しを開いて片づけた。ブルーベルは毛布の下に何かがあることに気づき、中にあるものを引っ張り出す。 紐。 「ウォルド、毛布の下に紐があるよ」 ウォルドは即座に紐を受け取って、それも片づけた。 「あはは、ごめんね、ブルーベル。部屋が散らかっていて……」 ウォルドが振り返ると、ブルーベルは木製の棒を持っていた。 「ねぇ、ウォルド。これ、何だと思う?」 「そ、それはっ、男のアレを模した大人のオモ……ッ」 ブルーベルが手にしているものをウォルドは取り上げようとした。だがブルーベルはひょい、とかわしてしまう。 「んー。何に使うのかなぁ」 ブルーベルは手にしている木の棒で、ウォルドのお腹を軽く突いてみた。 「ブルーベル、いい子だからそれを貸して。女の子が振り回していいものじゃないから」 「女の子が? どういう意味? これ、何に使うのか知っているの?」 「え? いや、それは……、知らないけど」 ブルーベルは木の棒をぶんぶんと振り回していた。 「武器かな。先が変な形に盛り上がっているし」 木の棒の先端を指で擦るブルーベル。 「ブルーベル。それ、そんなふうに使うものではないと思うよ」 「撫でているだけだよ?」 「お願いだから、それを貸して。ね?」 ウォルドは強引にブルーベルが手にしているものを奪い取ろうとした。ブルーベルはまたしてもかわす。 「ふふ、こっちこっち」 「ブルーベル、待って」 逃げ回るブルーベル。ウォルドはそれを必死に追いかけた。 「ブルーベル、いい加減にしないと、本気で怒るよ」 その言葉とほぼ同時に、ブルーベルが振り返った。 「ええいっ!」 ブルーベルは木の棒の先端でウォルドの額を軽く突いた。ウォルドは両手で額を抑えて、少し涙目になる。 「なんで突くの、それで。酷いよ」 「だって、本気で怒るって言うから。どっちが強いか勝負しようと思って」 「えぇっ?」 「勝負ー!」 木の棒でウォルドの体をつつくブルーベル。 「痛い、痛いよ、ブルーベル」 「え? 痛い? 力加減はしているけれど」 「いや、痛くはないけれど、見てるのが痛いよっ」 「見てるだけで痛いの? どうして?」 「その棒が当たるのを見ると、なんだかお腹が痛くなってくる」 ブルーベルは木の棒を手で叩いた。 バシバシバシバシバシ 「痛いの?」 ウォルドが首を縦に何度も振った。 「痛いから、それ以上はやめて」 見た事がない程に怯えているウォルドに、ブルーベルはほんの少しだけ悪戯心がわいてしまった。身を屈めると、木の棒で床を叩き始める。 ごすごすごすごすごすごす 「痛い?」 ウォルドは真っ青になりながら下半身に手を当てて震え上がっていた。 「ブルーベル、可哀想だからそれ以上はやめてあげて」 「可哀想? 何かの生き物なの?」 ブルーベルは立ち上がると、両手で木の棒を持って自らの顔へと近づけた。 「ブルーベル、僕以外のは触らないでっ」 飛び掛かるウォルド。ブルーベルは避けようとし、ウォルドと一緒にベッドの上へと倒れこんでしまう。 「ウォルド、急に体当たりしてきたら危ないよ」 「ご、ごめん、ブルーベ……」 ウォルドはブルーベルを押し倒すような体勢だった。ブルーベルの両足の間に、ウォルドの体が収まっているのだ。 そしてブルーベルが手にしていた木の棒が、ブルーベルの胸の上にあった。先端が、ブルーベルの顎につく形で。 「ウォルド、足に、何か当たってる。硬いものが」 「え?」 「なんだろう?」 「な、なな、なんだろうね? 何が当たってるんだろうね?」 「確かめたいから、起き上がってもいい?」 「う、うーん、僕が確認するから、そのままでいて」 ウォルドはブルーベルの胸の上にある木の棒を、そっと持ち上げた。素早く起き上がると、一目散に部屋から飛び出していった。 「ウォルド、どうしちゃったんだろう」 彼が泣きそうな顔をしていたのは気のせいだろうか。 ブルーベルは体を起こすと、寝台からおりた。そして毛布をめくりあげて、真下にあるものを確認する。 「これが当たっていたのかぁ」 なぜか鎖が落ちていた。 その頃。 「ハンス! 一体どういうつもりなんだよっ。あの部屋に行けばお香の力でブルーベルとうまくいく、っていう説明はきいていたけれど、寝台に変な道具があるのは聞いていないよ!」 ハンスは真顔だった。 「お坊ちゃま。いつかは皆、大人の階段を上るものです」 「難易度が高すぎだよ! どうして初めてのえっちで道具とかあるんだよっ! あぁいうのは段階を踏んでゆっくりと慣れてから……」 ハンスは両手をぽむ、と叩いた。 「それもそうですね」 「ブルーベルが何に使うものか知らなかったからいいものの、知っていたら大問題だよ! 一生この屋敷に来てくれなくなるところだよ!」 「いえ、だからその為の鎖です」 「は? 鎖?」 「えぇ。逃げようとしたブルーベルお嬢様を鎖で繋いでおけるように、用意しておきました」 ウォルドは両腕を組んだ。 「……、その鎖は今どこに?」 「勿論、ベッドの上に置いておきましたが」 ウォルドは血相を変えると、再びブルーベルがいる部屋へ急いだ。 「ブルーベル!」 勢いよく部屋へ飛び込んだウォルドは、ブルーベルが手にしている鎖を目にして駆け寄った。 「あ、ウォルド。おかえりなさい」 「ん? う、うん。ただいま」 「ねえ、ちょっとベッドに横になって?」 「え? うん……」 言われるがままに、ウォルドはベッドへ横になった。ブルーベルは鎖についている手枷をウォルドの手首につける。 「よいしょ」 ウォルドははっとした。 「よいしょじゃないよっ。何してるのっ。僕の両手の自由を奪うなんて」 |