【後日談・ウォルド視点】 それからというもの、僕はブルーベルと庭を散策した。 蚊の多い季節に。 毎日。 毎日。 毎日。 「ねぇ…、ブルーベル。蚊に刺されていないの?」 「うん」 「本当の本当に、蚊に刺されていないの?」 「刺されてないよ」 「よーく体を調べてみた? どこか一か所ぐらい、蚊に刺されているんじゃない?」 「刺されていないってば。ウォルドのお屋敷のお庭に、蚊が嫌いなゼラニウムやペパーミントがいっぱい植えられているから、近寄ってこないの。凄いよね。ハーブって! 今年は全く刺されていないよ?」 僕は頭を抱えて地面へと崩れ落ちた。庭にはゼラニウムとペパーミントの花が咲き乱れており、仄かにいい香りがしている。そしてその香りが、どうやら蚊よけになっているらしい。 「ハーブなんて嫌いだ。ハーブなんて嫌いだ。ハーブなんて嫌いだ。ハーブなんて嫌いだ」 僕は呪いの言葉のように繰り返した。 「ど、どうしたの、ウォルド」 庭に植えてあるハーブを、僕は全部毟ってやろうかとちょっとだけ思った。ブルーベルが悲しむからそんなことはしないけれど。 「なんでもないよ、ブルーベル」 「でも、今にも泣きそうな顔をしているわよ。どこか痛いんじゃないの?」 「どこも痛くないよ。ちょっと眠たいだけ」 ブルーベルのスケスケ下着姿が見られないという絶望感で、僕はいっぱいだった。 何の理由もなくブルーベルの服を脱がせるわけにはいかないし。 その日からというもの。 僕はブルーベルと一緒に遊びながら、スケスケ下着を身に着けているブルーベルの姿をただひたすらに妄想した。 妄想していないと、悲しすぎて発狂しそうだった。 【自宅にて・ブルーベル視点】 継母のサリア様が、知らない男の人を家に連れてきた。若くて、身なりのいい男性。何度か遠目に見たことがある男性で、サリア様のお友達らしい。 パパはいつものように、部屋の扉に鍵をかけてもう寝なさい、といった。 部屋から決して出てはいけないよ、と。 私はパパの言いつけを守って、部屋の扉に鍵をかけてからベッドへ横になった。 そうして、深夜。 サリア様の怒鳴り声がベッドの軋む音とともに聞こえてきた。 「この駄馬っ! もっとしっかりお尻をふりなさい!」 「ひひーん」 サリア様はお友達とお馬さんごっこをするのが大好きらしい。よく、この駄馬、とか、私がご主人様よ、と叫んでいるのが聞こえてくる。 意外に子供っぽいのかもしれない。 大人になってもお馬さんごっこをするなんて。 そういえばこの前、私もウォルドと一緒にお馬さんごっこをした。鞭をふるう真似をしてウォルドのお尻を何度も叩いていたら、執事のハンスさんにその光景を見られた。ウォルドが普通に接してくれるからついつい忘れてしまうけれど、彼は貴族なのだ。それを忘れて、ウォルドの背中に跨ってお尻を叩くだなんて。本来ならば許されないことだ。 「ウォルドは優しいから怒ったりしないけれど、あんなことをされるのはきっと嫌だったよね」 せっかくお馬さんをしてくれたというのに、叩くなんてやっぱりいけないことだ。私は、彼の心を傷つけていないか心配になった。 「それにしても、ウォルドってば心配性だな。毎日私が蚊に刺されていないか気にかけてくれるなんて」 嬉しすぎて、ついつい思い出し笑いをしてしまった。彼のことを考えるだけで心がぽかぽかしてくるのだ。彼が優しくしてくれるように、私もいっぱい優しくしたいって思う。 「ウォルドが喜ぶなら、なんだってしてあげるのに」 そう呟いたところで、壁と廊下を隔てた奥の部屋から一際大きな声が響いた。 「あひぃっ! ご主人様、もっとっ、この下僕にもっと鞭をっ」 男の人の声がきこえてきた。あの人もサリア様に虐待をされているのだろうか。私は同情してしまった。毛布を頭まで深くかぶると、できるだけ集中して寝ようとする。 「早く、明日にならないかな」 ウォルドに会いたくて会いたくて、たまらなかった。 |