Secret Garden 〜黒狼侯爵の甘い罠〜 | ナノ













Secret Garden 〜黒狼侯爵の甘い罠〜







 ブルーベルが指をさした方向を見ると、金色の尾を引いた何かが天上を駆けていた。それはゆっくりと地上へ下降してきて、ブルーベルと僕の傍へやってくる。
 僕とブルーベルは驚いて地面から立ち上がった。
 空から舞い降りてきたのは、九頭のトナカイにひかれたソリ。トナカイ達の手綱を操っていたのは、真っ赤な服を着た、立派な髭のお爺さんだ。
「サンタさんだ!」
 ブルーベルが何の疑いも無く駆け寄った。僕はぎょっとしてしまう。空から下りてきた、いかにも怪しい人物へ近づくのは危険すぎる。僕は止めようとしたが、ブルーベルは髭のお爺さんの前に立って抱きついた。髭のお爺さんはブルーベルの頭を大きな手で撫でつける。
「ブルーベル。大きくなったね」
「私のこと、知っているの?」
「知っているとも」
「やっぱりサンタさんだ!」
 ブルーベルは髭のお爺さんに抱き着いたままだった。僕はなんだかそれが、とても不愉快だ。
「ブルーベル。怪しいよ。もしかすると、悪い奴かもしれないよ」
「怪しくないよ! サンタさんだもん!」
 全然説得力がなかった。サンタさんだもん、ってなんなんだよ。
「ブルーベル」
 僕はブルーベルを髭のお爺さんから引き離そうと思った。でもブルーベルは自分から髭のお爺さんから離れる。
「サンタさん。あのね、私、欲しいものがあるの」
 髭のお爺さんは悲しい顔をした。
「ブルーベル。そのお願いは私でも叶えてあげられないんだ。私にできるのは、小さな奇跡を起こすことだけ」
 ブルーベルが驚いていた。
「私のお願い、どうしてわかったの?」
「わかるとも、私には世界中の子供達のお願いがわかるんだ」
「じゃあ、どうしてウォルドにはプレゼントをくれなかったの?」
「彼が物心つく頃までは、毎年プレゼントを贈っていたよ。でも成長するにつれて、彼はサンタクロースという存在を信じなくなってしまった。私という存在は人々の夢や希望が具現化したものだから、信じてくれない人のところへは行けないんだ。それと、もう一つ」
「?」
「ウォルドには、欲しいものなんて何も無かった。夢も希望さえも。今はあるようだけれどね」
 僕はどきり、としていた。髭のお爺さんが言ったことは、事実だからだ。
 僕に欲しいものなんて何一つ無かった。
 いつ死ぬかわからないし、生きる目的もわからなかったから。
 でも今は生きたいと願っているし、世界が光に満ちていることもわかっている。
 ブルーベルは不思議そうに僕へ振り返った後、もう一度髭のお爺さんを見上げた。
「じゃあ、星を降らせることはできる? ウォルドと一緒に流れ星が見てみたいの」
 髭のお爺さんは大きく頷いた。
「できるとも」
 その言葉の後。
 星の雨が降った。
 空を横切る光る星。
 僕はブルーベルと手を繋いで、流星群を見つめる。
「すごい」
 サンタクロースなんて全く信じていないけれど、今だけは信じてもいいかもしれない。
 そうして隣にいるブルーベルを横目で見れば。
 何やらぶつぶつと呟いていた。
「ウォルドが健康になりますように、ウォルドが健康になりますように、ウォルドが健康になりますように」
 流れ星に願い事をしていた。
 自分の願いではなく、僕の為の願い事を。
 僕も、流れ星に願いを託す。
 どうかブルーベルとこの先もずっと一緒にいられますように、と。
 そうしてふと気づくと、髭のお爺さんはいつの間にかいなくなっていた。
 まるで、白昼夢だったかのように。
「ねぇ、ブルーベル」
「なあに?」
「サンタさんへ、一体どんなプレゼントお願いしようと思っていたの?」
「ウォルドを健康な体にして、っていうお願い。ダメだったけど…」
 髭のお爺さんは叶えられない、と言っていた。
 残念といえば残念なのだけれど。
 自分のことよりも僕の体を気遣ってくれるブルーベルが愛しくてたまらなかった。
「ブルーベル。悲しまないで。いつか健康になるって約束をするから」
「え?」
「そろそろ戻ろうか。ほら、手を貸して」
 僕はブルーベルへ向かって手を差し出した。ブルーベルは僕の手を握る。
「こう?」
「うん。一緒に、手を繋いで帰ろう」
 ブルーベルと並んで、屋敷へ戻ることにした。
「ねぇ、ウォルド」
「ん?」
「サンタさん、いたでしょ? 私のパパじゃなかったよ」
「そうだね」
 信じていれば、本物のサンタクロースにだって会える。
 だったら、信じていればいつか僕の体も良くなるのかもしれない。
 僕はそんな奇跡を信じてみたくなった。






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