10、クリスマス 近頃、ブルーベルが妙にそわそわしている。 十二月に入ってからだ。ブルーベルがそわそわしだしたのは。 背筋をしゃきん、とのばして暖炉の前に座っているけれど、本当に一体どうしたんだろう。 「ねぇ、ブルーベル。最近、どうしたの? なんだか様子がおかしいけれど」 窓の外は薄暗く、すっかり真冬だった。いつもは僕の部屋で遊んでいるのだけれど、今日は広間で一緒にブルーベルと遊んでいる。木の床には茶色の絨毯が敷かれ、暖炉には薪がくべられて燃えていた。それだけではまだ寒いので、僕は足の上に膝掛を使っている。 ブルーベルはというと、羊毛の暖かそうな服を着ていた。僕よりも厚着をしており、まるで雪ウサギのようだ。 可愛いが、僕は不満だった。 なぜなら、分厚すぎる服のせいでブルーベルの体の線がまったくわからなかったからだ。 ブルーベルの美しい体のラインがわからない冬服なんて、僕は滅んでいいと本気で思う。 むしろ、滅んでしまえ。 「おかしくないよ! 私、いい子だよ!」 いい子? 一体何のことだろう。 僕は眉を寄せる。ブルーベルは単純思考だから難しいことは考えていないだろうけれど、不可解な行動をとる理由までは見抜けない。 「ブルーベルは普段からいい子じゃない」 「え? 本当? 私、いい子?」 「うん」 今度はブルーベルがにこにこし始めた。こんなに変なブルーベルは初めてだ。 僕は不安になって、ブルーベルの傍へ近づいた。そして右手を持ち上げて、彼女の額へ触れる。 熱はない。 と、そこでブルーベルと目が合った。彼女はむっと頬を膨らませて僕を睨んでいる。 「なに? この手。私のこと、頭がおかしいと思ったの?」 ぎくり、と僕は体が強張った。 ブルーベルの僕を見る目が冷たい。 「えーっと…、ごめんね?」 僕は手をおろした。 「いいよ、私もたまにウォルドにするし」 あ。今、さらりと酷いことを言われた気がするぞ。 もしかして僕、ブルーベルにおかしい人って思われているの? はは…。 どうしよう、否定できない。 僕はどん底の気分に陥った。僕が変なのは、僕自身が一番知っているからだ。 「どうしたの、ウォルド」 僕の顔を覗き込んでくるブルーベル。目がくるんとしており、まるで野リスのようだ。 「ううん、なんでもない」 「そう?」 ブルーベルは暖炉の前へ近づくと、煙突を覗いた。しかも、どこかそわそわしている。 今日のブルーベルはおかしい。 僕は、本気で心配になってしまう。煙突なんかのぞいても、煤があるぐらいで何も無いのに。 まさか、煙突を通って泥棒でも入ってくるとでもいうのか。 「ねえ、ウォルド。ウォルドはもう、決めた?」 「何を?」 「何って、サンタさんへのお願い」 「ブルーベル。サンタクロースなんているわけないだろ?」 「いるよ、サンタさん! 毎年クリスマスに、サンタさんがプレゼントを持ってきてくれるもの!」 「それは多分、ブルーベルのパパがこっそりプレゼントを置いているんだよ」 「嘘!」 「嘘じゃないよ。だって僕、サンタクロースからプレゼントなんて、一度ももらったことないし」 ブルーベルが目を大きく見開いて僕を凝視した。そこで、僕は後悔してしまう。 「なんてね。嘘だよ。サンタさんからは毎年プレゼントを貰ってる。ブルーベルをちょっとからかっただけだよ」 おどけてそう言ってみたのだけれど、ブルーベルは悲壮な顔をしていた。僕の言葉は、どうやら信じてもらえなかったようだ。 「なんで、サンタさんはウォルドにプレゼントを持ってきてくれないの? いい子にしていたら、サンタさんはプレゼントを持ってきてくれるはずなのに」 「いや、ブルーベル。僕、毎年ちゃんと貰ってるから」 「ウォルドの嘘つき」 ブルーベルは一人で考え込み始めた。時間が経つにつ入れて、益々悲しそうになる。 失態だった。 サンタクロースを信じているブルーベルに、なんてことを言ってしまったのか。 と、ここでブルーベルが顔を上げた。 「ウォルド。サンタさんがいたら、何が欲しい?」 「ブルーベル」 「え?」 「あ、いや、ううん。今は特に何も思い浮かばないかな」 欲しいものは目の前にある。でも僕は与えてもらうのではなく、自分で手に入れたいんだ。 「本当に? 本当に欲しいものは何もないの?」 ずい、とブルーベルが正面から体を寄せてきた。僕は思わず後ろへ手をついて背後へ下がる。だがそれを追うように、ブルーベルも近づいてきた。ずりずりと背後へ後退し、僕はついに壁際まで追い詰められてしまう。 「ちょ、ブルーベル」 「ウォルド。欲しいもの、教えて?」 近い、近い、近い! ブルーベルの顔が、すぐ目の前にあった。キスでもされるんじゃないかって、疑ってしまう。 いや、ブルーベルがしなくても僕がしてしまいそうだ。 お願いだから、離れて! 「ううっ…」 ブルーベルが僕の服を指でつまんで、くいくいと引っ張った。 「ねぇ、ウォルドってば。聞いてる?」 「き、聞いてるよ。でも欲しいものは本当に無いんだよ」 「そうなの?」 「あぁ、そういえば」 「何か欲しいものを思いついた?」 ウォルドは首を振った。 「僕ね、流れ星って見たことが無いんだ。だから、一度ぐらいは流れ星を見てみたいなー、と思って」 「私も見たことない」 「一緒だね」 「じゃあ、クリスマスの前日は、一緒に流れ星鑑賞会ね。私、家を抜け出してウォルドの家に来るから、待ってて」 「えぇっ!」 「流れ星、見れるといいね」 「夜中に女の子が一人で出歩くのは良くないよ。そうだ。ここへ泊りに来たらいいよ。そうすれば、夜も一緒に過ごせるし」 ブルーベルは両手を胸の前で組んだ。 「うん。そうする」 クリスマスの日にブルーベルと一緒に過ごせる。 僕はもう既に、一番のプレゼントを貰った気分だった。 そうしてあっという間にクリスマス前日となった。 夕食を一緒に食べて、後は寝るだけなのだが。 「…」 ブルーベルと二人で屋敷の近くにある丘へ来ていた。 しかも二人きりである。 僕はブルーベルに、襲ってほしいと誘われているのだろうか。 あまりにも無防備すぎる。 「うわぁ。お屋敷を抜け出す時、ドキドキしたー。ハンスさんに見つかったら、叱られちゃうし」 ブルーベルが笑っていた。周囲は枯草の広がる草原地帯であり、深夜ということもあってかなり冷え込む。 「本気で星を見る気だったんだね」 「うん。流れ星、見れるといいねー」 空を見上げれば、満天の星が広がっていた。蝋燭の明かりなどなくとも、遥か地平線の向こう側まではっきりとわかる。 「ブルーベル。いいの? いい子にしていないと、サンタさんがプレゼントをくれないよ」 「内緒でお屋敷を抜け出してきたから、もうとっくに悪い子だよ。ウォルドにプレゼントをくれないサンタさんなんて、嫌い」 「ブルーベル…」 僕は、サンタクロース嫌いにさせてしまった責任を感じていた。ブルーベルの幻想を壊してしまうなんて、僕はなんて馬鹿だったんだろう。 「ウォルド」 ブルーベルが僕の左手を握ってきた。 「ん? どうしたの、ブルーベル」 「一緒に座ろう? くっついて座ったら、あったかいよね」 二人で地面へ腰を下ろした。 「…かなり厚着してきたけれど、顔とか手はやっぱり寒いね」 僕は、照れくさいのを誤魔化すようにそう言った。ブルーベルは僕の両手をとって引き寄せると、僕の冷たい指先へ温かい息を吐く。その後、僕の手をずっと摩ってくれる。 「私が温めてあげる」 思わず、ブルーベルを抱きしめたい衝動にかられた。でも、目の前のブルーベルは僕の冷えた手を温めようと必死に撫でてくれている。 「も、もういいよ。温かくなったから、一緒に星を見よう」 二人で地面へ寝転んで、星を見た。周囲はとても静かで、世界が止まってしまったかのよう。 「ねえ、ウォルド。あの星、青くて綺麗。あっちのは緑色」 「本当だ。まるで宝石みたいだね。あの星を落として君にプレゼントできたらいいのに」 「お星さまの宝石なんて、素敵だね」 まるで恋人同士の会話みたいだ。 今、この場所に二人きり。 邪魔をする者はいない。 キスぐらい、してもいいんじゃないだろうか。 「ブルーベル」 僕は星ではなく、隣に寝転んでいるブルーベルをずっと見ていた。 顔をゆっくりと近づけていく。 「あ、ウォルド」 「えっ! 何? 何かな?」 「あれ、見て!」 |