【その後】 「坊ちゃま。だから申しましたのに。体調を崩されているのにお風呂などに入るからですよ」 執事のハンスが呆れた顔で、ベッドの脇に立っていた。もう日はとっくに落ちて、窓の外は真っ暗だ。 僕は日に二度も医者の世話になるという失態を犯し、落ち込んでいた。ベッドに横になったまま、執事のハンスを見上げる。 「もうこんなことはしないって、約束する」 「お願いしますよ。坊ちゃまに何かあっては、旦那様に申し開きできませんから」 僕はゆっくりと体を起こすと、ハンスから木の杯を受け取った。中にはブルーベルと一緒に収穫した木苺をすり潰したものが入っている。蜂蜜と水で割った飲み物なのだがとてもいい香りがした。それを一口飲んで、昼間のことを思い出す。 ブルーベルと裸で抱き合ったのだ。 顔がにやけそうになるが、執事のハンスがまだ部屋にいることを思い出して我慢する。 そうして一気に木の杯に入っているものを全て飲み干すと、執事のハンスへ渡した。 「坊ちゃま。今日はもう、就寝してください」 「わかってるよ」 執事のハンスが部屋から出て行った。 僕はそれとともに、頬が緩んでしまう。 枕を両手に抱きしめて、寝台の上でごろごろと転がった。 「あぁ、ブルーベル、可愛かったなぁっ」 ブルーベルと一緒に入ったお湯が愛しすぎて、ついつい長湯になったのはいけなかった。彼女の汗と僕の汗が湯に溶けだして、とか考えていたら、妄想が止まらなくなってしまったのだ。 僕の汗が溶けた湯が彼女の肌にもしみついている、なんて。 ドキドキが止まらない。 「おっと…」 あぁ、頭がくらくらしてきた。 僕は軽い眩暈を感じて額に手を当てる。 湯にのぼせたせいで、熱があるのだ。 「それにしても、僕はなんという失態をおかしてしまったんだ」 日に二度も倒れたこともそうだが。 お風呂場でのぼせて気絶をしている間に、屋敷で働く侍女によって浴室内は綺麗に掃除されてしまったのだ。 ブルーベルと一緒に入った湯が捨てられたことが、僕はとてもとても悲しかった。 湯に綿の布をひたして乾かしてから、チェストの引き出しの奥へ記念にそっと置いておこうと考えていたのに。 そんなことがブルーベルに知られたら確実に嫌われてしまうから、湯がなくなったことは良かったのかもしれないのだけれど。 僕は深い溜息をつく。 「はぁ…」 好きになればなるほど、彼女の全てが大切で愛しくて、自分がわからなくなるようだった。 少なくとも、彼女に出会う前の僕は、まともだった。今のように変質者じみた行動は一切なく、病弱さを除いてはどこにでもいる貴族の子供だったように思う。 けれどもそれは、ひたすら退屈で、何の生きがいもなく、ただ死を待つだけの日々。 そんな日々を変えてくれたのは、ブルーベルだ。 彼女が僕の名前を呼んでくれるだけで、全身に熱い血が流れていることが実感できた。 彼女が僕に微笑みかけてくれるだけで、生きていて良かったと思えるのだ。 僕の世界は、彼女を中心にまわっている。 「明日も、ブルーベルはお見舞いにくるよね」 僕は今日の内にしっかりと体調を治そうと思った。体調が悪いままだと、また彼女に心配をかけてしまうからだ。 彼女に泣かれるのだけは、避けたかった。 彼女に嫌われるぐらいならば死んだほうがマシだし、なんだって我慢できる自信がある。 「僕は一人の女の子として君が大好きだけれど、君はどう? 僕のこと、男として見てる?」 その答えが返ってくることはない。 いや、質問をすることさえ怖かった。 ブルーベルの前ではかっこ悪いところばかり見られており、男としてかっこいい部分など全く披露できていないからだ。 僕は毛布を頭までかぶると、ブルーベルが大好きすぎて切なくなった。 【おまけ】 ☆お風呂場で目隠しをしていたウォルドの視点☆ あぁっ、もう! 湯気が多すぎて前がよく見えないよ! ブルーベルの生足だけはなんとか見えるケド! 僕は石鹸を泡立てる。ブルーベルの体を洗う為に、ただ一心に。 「自分ではきちんと洗えてるつもりでも、もしかすると洗い残しがあるかもしれないだろう? だから、僕が綺麗に洗ってあげる」 そう、念入りにね。 ふふ、待ってて、ブルーベル。 ていうか、目隠しの布、邪魔だなぁ! いっそ取ろうかな…。 ブルーベルの裸が見たいし。 よし! 事故を装って、布を取っちゃおう! 「えい」 って、うわぁっ! ブルーベルがお湯をかけてきた! …、も、もしかして、僕の下心が見抜かれた? いやいやいや、まさか、まさか、まさかっ! 【次回予告】(拍手に掲載していた次回予告です。読まなくても問題はありません) さーて、次回のシークレットガーデンSSは? 紳士淑女の皆様、こんにちは。 執事のハンスです。 今週も私が次回予告をさせていただきます。 今週はお坊ちゃまが倒れられて、心臓が止まるような思いでした。 特にブルーベルお嬢様の悲鳴がきこえた時はもう、生きた心地がしませんでしたとも。 …いえ、私はお坊ちゃまを信じておりましたよ? あのお坊ちゃまがまさか、ブルーベルお嬢様に口に出しては言えないようなことをしただなんて、全く疑っておりませんとも。 ブルーベルお嬢様がお坊ちゃまに襲われただなんて…、そんなことを思うわけがありません。 ★次回のシークレットガーデンSS予告★ まだ世界の理不尽さを知らないウォルドに、過酷な選択肢がつきつけられた。 それはあまりにも厳しい試練。 彼は苦悩した。 どちらを切り捨てても、彼は後悔するとわかっていたから。 この選択肢には正義などない。 必要なのはただひとかけらの勇気のみ。 さぁ、今こそ決断をしよう。 ブルーベルと一緒に寝るか、庭に干してあるブルーベルの下着を見に行くか。 ウォルドが選んだ答えは、一体どちらだったのか。 破滅の刻は近づいていた。 次回予告と全く関係のない、ここだけのお話ですが。 浴室で溺れかけていたお坊ちゃまの体を湯から引きずりだしたのはブルーベルお嬢様です。 ブルーベルお嬢様は気絶したお坊ちゃまの体を綺麗に布で拭き、服まで着替えさせてくれたのです。 なんてお優しい方でしょう。 ですがブルーベルお嬢様は、お坊ちゃまの自尊心が傷つくといけないから内緒にして欲しいと、仰られました。 なので、このことはお坊ちゃまに申し上げておりません。 |