「っ!ナマエさま!!」
ぜいぜいと漏れる息はさっきまできっと全速力で走ってきたのだろう。…あの足で高速ときたらきっとホラー以外の何者でもない気がしてならない。
「ど、どうしました、ノボリさん?」
「し、失礼しました。わたくしとしたことが…それより!ナマエさま、か、髪!」
白い手袋ごしに少し上がった体温が頬にかかる髪を払う。
その髪は少し前まで胸のあたりまであったものだった。今では肩につくかつかないかぐらいのものにしたからだと思う。
「えっと、やっぱり似合い、ませんか?」
「そんなことは決して!ブラボーでございます!スーパーブラボーでございます!!」
「あ、ありがとうございます…」
「しかし…」
「は、はい、」
「とても美しい髪でしたのに、なにかおありで?」
いまだにくるくるとわたしの随分短くなった髪をいじるノボリさんがその手を止めてじっとわたしの目を見て言う。まっすぐな灰色にとくりと胸がなった。
「いえ、気分です」
気分なのは事実で、別に失恋しただとかなにか悩みがあったとかそんなことはなかったからそれ以上なにも言えない。こういうとき、わたしは自分の口下手に悩む。
「そう、ですか。わたくしはてっきり失恋でもされたのかとひやひや致しました」
「大丈夫ですよ、安心してください」
「はい。あ、ナマエさまはもう髪を伸ばされないのですか?」
「あ、それ、悩んでるんですよ。どっちがいいですか?」
「わたくしの為に伸ばしてくださいまし」
「ノボリさんの…?」
ノボリさんは無表情だけど雰囲気はきっと笑っているのだと思う。わたしはなんだかそれ以上は聞けなくなっちゃって、わかりました。と了解してしまった。
「それでは、出発進行!」
わたしの返事に満足したのか顔はもうバトルの顔になり車両は動き始める。わたしも切り替えて、
「では、参ります!」
それは命令のように
(ノボリさん、このカチューシャ…)(今の貴女に似合うと思い買ってまいりました)(あ、ありがとうございます)
******
ブラボーと、わたくしの為に伸ばしてくださいましって言わせたかっただけ。