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東堂くんと恋占い


帰りのHRが終わり、部活動へと向かう。私が所属している占星術部の部室は校舎の一番隅の方にある。移動しているうちに、辺りから人がどんどん消えていき、誰もいなくなったところで到着。

「こんにちはぁー」
「あ、部長こんにちは!」

扉を開けて挨拶をするなり、ひとりの後輩が私に駆け寄ってきた。嫌な予感。

「あの、部長……。また、いらっしゃってます」
「うわっもう来てるの…!? 早くない!?」

―――ビンゴだった。ため息をついて、私は中へと進み、鞄を荷物置き場へと置く。

「まだ時間じゃないのに……迷惑にもほどがある……」
「まあ、東堂様もご自身の部活で多忙な方ですからね…おそらく部活前に寄りたいんでしょう」

部屋にいた他の後輩がヤツのことをフォローする。ちらっと顔を見ると、真剣そうにうんうんと頷いている。ああ、そういやこの子はファンだったっけなぁ…。できれば自分の部活の部長をフォローして欲しいものだよ……。

「しかし毎日毎日、しかも結構長い時間、あの人は何を占いに来てるんですか? あの、もしかして、恋愛相談ですか…?」
「そんなこと言えるわけないでしょ。どんなに迷惑な人でも客は客なんだから。プライベートなことには答えません。……あと、もしかして恋愛相談ですか? ってね、一応ここでは基本的に恋愛相談しか受け付けてないんだってば」
「って、ことは……!」
「はい、答えませんよー。ほら、君達は自分の専門の勉強でもしてなさいな。後半の時間ではまた全体で勉強会するからね」
「はぁーい……」

渋々、といった感じで、後輩たちはバラバラに散って、それぞれの専門の占い道具を出して勉強し始めた。さて、私も、時間よりも早く来てしまった困った客のために、早速準備をしなくてはならない。

毎日、部活動開始時間から一時間、我が占星術部では一般の生徒向けに1対1の占いコーナーを設けている。占いをするのはこの部活の部長である私、苗字名前。タロットカードと生年月日を組み合わせた相性診断を得意としている。これが当たると学園内で密かに話題になっていて、毎日この占いコーナーには絶えず生徒がやってくる。ちょっと前にはなんと先生も現れた。

鞄から、足元の長さまである薄紫色のベールを取り出し、頭から被る。同時に、同じ色のフェイスカバーで口元を覆う。この瞬間から、私は苗字名前ではなく、占星術部の人気フォーチュンテラー、ミス・クリスティーナになる。ただでさえ人が多いこの箱根学園で、これだけの変装をし、なおかつ口調や声色を変えてしまえば、まずクリスティーナが苗字名前であることはバレない。(っていうか、こんな名前でこんなことしてるの、絶対にバレたくない)だからクリスティーナの正体を知っているのは、占星術部の部員と、親しい友人だけだ。

「――――じゃ、行ってくるね!」
「はい、行ってらっしゃい! ミス・クリスティーナ!」
「今日は絶対5分で追い返すから。他のお客さん来たら順番にお通ししといて」
「了解です!」

私は一旦部室から出ると、奥の資料室へと向かう。狭くて、カーテンを閉めれば昼間でも真っ暗なこの部屋で占いは行われる。扉の前でふーっと息をつき、頭の中でクリスティーナモードのスイッチを入れる。よし、さあ行きますか。私は扉をノックして、中に入った。

「……失礼します。クリスティーナです。」
「おお、ごきげんようミス・クリスティーナ!いや、全然待ってなどおらんぞ!」

暗い資料室の奥には向かい合わせに机が設置されてあり、その真ん中にはランプが置いてある。そのランプの明かりを目指して進むと、薄暗がりの中で白いカチューシャが目に入った。

「ごきげんよう東堂様。早速ですが、前にも言った通り、このコーナーの始まりはあと10分ほど後です。早く来られると困りますわ」
「う……しかしオレも部活に遅れるわけにはいかないし……」
「というか、今日は何を占いにいらしたのですか? 昨日みたいに世間話で居座られるわけにはいきませんよ。後にお客様も待っていらっしゃいますので」
「まあ、とりあえず座らないか」
「とりあえずじゃありません。占うことがないのなら帰って下さい」
「あ、ある! 今日はちゃんと用意してきたんだ。とっておきのやつがあるんだ!」


(……用意してきたって、あんたね………)


暗い中でも東堂くんが必死なのがわかる。彼とは去年同じクラスだったけど、まさかわざわざ相談事を作って無理やり通いつめるほど、占いに興味がある人だとは思ってなかった。

彼が初めてここにやってきたのは、今から10日ほど前のことだ。それからほとんど毎日のようにやってくる。真面目に相談を持ち込んできてたのは最初の数日だけで、ネタが無くなった最近は、毎回適当な世間話で場をつないで長時間居座っては帰っていくという、非常にはた迷惑な客と化していた。彼に対する私の扱いも雑になってきている。

「しょうがないですね……では一度だけですわよ。何を占えばいいのでしょう」

フェイスカバーの下で小さくため息をついて、私は向かいの席に腰掛けた。

「おお、感謝するぞ! えっとだな、オレの後輩に泉田という男がいてな。これがまた真面目というか愚直というか、とにかくまっすぐな男で、夏に行われるインターハイのメンバーの有力候補と言われているほどの実力者でもあるんだが…。あ、ちなみにオレはすでにインターハイの出場を決めているんだがな!?」
「余計な話は結構ですわ」
「………その泉田がサボテンを育て始めたらしく、なんていう名前をつけようかものすごく悩んでいたから、クリスティーナにいい案を出してもらおうと思ったんだ!」
「…………………」
「…………………」
「私に、サボテンの名前を占えと。」
「う、うむ」
「――――あいにくですが姓名診断は専門ではありませんの」

喉まで出かかった「ふざけんなやってられるかそんなもん」という言葉をぐいっと飲み込んで、私はあくまでクリスティーナとして言葉を絞り出した。心の中で自分で自分を褒め称える。よく耐えた苗字名前、そしてクリスティーナよ。

「申し訳ありませんが、それではお帰りください」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! えーと、えーと、まだある!」
「……何ですか」
「えっと、そうだ明日の天気! 明日の天気が知りたい!」
「天気予報見てください」
「っ、じゃあ……地球が滅亡するのはいつなのか教えてくれ」
「未来予知は占いではありません」
「それなら、ええと………」
「――東堂様、これも前に言いましたけれど……私が専門とするのは、あくまでも恋愛相談ですわ。ドアのところのポスターにもちゃんとそう書いてあります」
「だ、だが……!」

必死に追いすがろうとする彼を見てると、なんだか哀れにも思えてきた。さすが顔が整っているだけあって、本来なら見苦しいであろうその表情さえも、まるで映画のワンシーンのヒトコマのように綺麗だ。私が言ってることは最もだというのに、その顔のせいで少し良心が痛んできたではないか…。
だが、ダメだ。彼はここで、息の根を止める。

「東堂様が占いにここまで強い興味を示してくれたことは、私も嬉しいですわ。けど、そろそろ限界です。本気で相談したいことが無い限り、ここに訪れるのは立ち入り禁止にいたしますわよ。出禁です。」
「………!!」

出禁、のその単語を強調して彼を睨みつけて見せれば、ふっと視線が落ちて、諦めがついたかのように彼から肩の力が抜けた。「出禁は困るな………」と続けられた声に、よしっと心の中で声をあげる。勝った、勝ったぞ私は。

「―――ちゃんとした相談ならいいんだな? ならクリスティーナ、オレと相性を占って欲しい人がいる。…実はオレには、今気になっている女子がいるんだ」

「え…!」

再び視線を上げてこちらを見据える東堂くんのオーラは、先程までのものとは全然違っていた。静かで、そしてどこか圧を感じる。同期のひとりがオーラ診断に凝っていたけど、ちょっと見せてみたいほどの変わりっぷりだ。

「……そういうことなら、喜んで診断いたしますわよ。でも、随分いきなりですわね。なぜもっと早くに言わなかったのですか」
「………ふふ、まあな。少し面白いことがあったんだ。けど、出禁になってしまうならもういい。…その女子は、去年オレと同じクラスでな。名前は、」
「あ、名前は結構ですわよ、生年月日さえあれば、」
「―――名前は、苗字名前さんという」
「……え?」

…………彼の口から、突然自分の名前が出てきて、理解ができずに一瞬固まる。


「……どうした? ミス・クリスティーナ」


一瞬、口角がニヤリと上がったは気のせいだろうか。彼は机の上に片方の肘を置き、手の甲で頬杖をつく。二人の距離は縮まり、間に置かれているランプの光が彼の瞳に差し込んで、はっきり映し出されたその顔はやはり整っていて美しくて、私はそれに釘付けになる。
どういうことだ、と、どこか挑戦的な瞳に射抜かれそうになりながら必死に考える。いや、どういうことも何もない、彼の気になっている人は私だという、その事実があるだけ。でもそんなの、そう簡単に信じられるはずもない。それに……

(この人……まさか私の正体に気づいている………?)

フェイスカバーとベールがあってよかった。薄暗いし、こちらの動揺はさほど伝わっていないだろう。今は彼の好きな女の子が自分かどうかよりも、クリスティーナの正体がバレないように振舞うことに意識を集中させなければ…。

「………名前はなくて結構ですと言ったのに。…その方の生年月日を教えてください」
「生年月日か。………それは、聞いたことがなかったな……」


場に漂う張り詰めた緊張感は、果たして私が勝手に感じてるだけのものなのだろうか。


「では……できませんわね」


一言一言声を発するのにも慎重になる。東堂くんの顔を伺いつつ、私がそう答えたその時。

――――今度こそ、彼はニヤリと笑った。


「いや、そんなことはないだろう。目の前にいる本人に、直接聞けばいいのだからな」

「……!!!」


終わった。まるでチェックメイトを受けた棋士のような感覚だ。ふつ、と自分の中の緊張の糸が切れる。


「……気づいてたんだ」
「……初めて来たときに、すぐに違和感を感じたよ。何回か通って、それが確信に変わった。ミス・クリスティーナは苗字名前さんだってな」
「………そのためにあんなに通ってたんだね……」
「―――好きな女の子との相性を占ってもらいにきたら、占い師本人がその好きな女の子だったなんて、面白いと思わねーか?」
「………っ!」

 恥ずかしげもなくさらっと言ってのけた東堂くん。こっちはこんなにドキドキしてしまっているというのに。何だか悔しくて、私はぐっと目を逸らした。フェイスカバーで隠れた頬が、熱をもってくるのがわかる。

「ミス・クリスティーナもミステリアスで美しかったが、やはりオレは控えめな笑顔が実に可愛らしい苗字名前さんの方が好きだよ」
「や……やめてよ、恥ずかしい」
「―――苗字さん、顔を見せてくれ」
「え……」


「その布を取ってくれ。顔が見たいんだ」


―――真剣な表情に、心臓が鷲掴みにされたように、息が詰まった。真っ直ぐな視線に貫かれそうになる。

「やだよ。ここは………ここは、占いをするところなんだもん。それはできないよ…」

必死にそう、声を搾り出すと、彼は瞳の力をゆるめてふふっと笑う。

「そうだったな。じゃあ、占いの続きといこう。相性診断が得意なんだろ、クリスティーナは。オレと苗字さんで、お願いするよ」
「………私、東堂くんと絶対相性悪いと思う」
「ほう、それはクリスティーナとしての意見か?」
「いや、苗字名前としての勘……」
「オレは、絶対に相性がいいと思ってるんだけどな」
「どういう根拠でそんなこと……」
「ハコガクイチの美形クライマー山神東堂としての、勘だよ」
「………………生年月日を教えてくださいませ、東堂様」
「××××年、8月8日だ。……ミス・クリスティーナ、結果を捏造したりすることのないように、頼むぞ?」
「………当然です。そんな占いを侮辱する真似、するわけありませんわ」

東堂くんは私のその答えを聞いて、喉をククっと鳴らすと、腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかった。そして、余裕のある笑みを浮かべて、私の手元を見つめている。

心臓のドキドキが、タロットカードを握り締める手に伝わり、かすかに震えている。こんなに結果が出るのが怖い占いは、多分あとにも先にもすることはないだろう。



――――私は、カードを並べ始めた。

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