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手嶋純太に勝ちたい!


「手嶋純太! 我、貴様に決闘を申し込む者なり!!」

ヤツの席の前に仁王立ちし、ズビシィ! と薪を割れそうなぐらいの勢いで力強く指差せば、そいつは眉を持ち上げて「お、今日も来たな。いいよ」と非常に軽いノリで私の挑戦を聞き入れる。

今日こそは勝つ!! 絶対勝つ!! そのためにさっき学食でカツ丼食べたし!! 私の右手に450円がかかってる!! 食堂のおばちゃん!! 見てて!!

「じゃあ行くよ!」
「はいはい」
「最初はグー、ジャンケンポン!」

私が出したのはグー。手嶋が出したのはパー。

「あっち向いてーホイっ」
「ほいっ……あ、」

手嶋が指差したのは右。私の頭が動いたのも……右。

「だああああ今日も負けたーーーーっっっ!!!」
「相変わらずよえーなー」

その場でがっくりと崩れ落ちる私に、「これでオレの32戦32勝だな」と手嶋のご機嫌そ〜な声が降り注がれる。
やりきれない悔しさと共に、ゴゴゴゴ…と起き上がる。両の握り拳を机の上に載せて、すがりつくように這い上がると、ヤツのニヤけ面が目に入ってますますムカつく。

「なんでぇ……なんでさぁぁぁ……」
「ははっ、この構図、年貢を上げられて嘆願する農民みたいでウケるな(笑)」
「なんだよその例え!? お前の前世は悪徳領主か!?」
「さっきの日本史の授業に出てきた資料だよ。あぁ、苗字は爆睡してたから知らないか」

わりーわりーと手のひらを立てながら、しかし一欠片も申し訳ないと思ってなさそうな笑顔で言われて、もう我慢ならん。
「そんなことどうでもいいんじゃい!」と、私はバァン! と机に拳を叩きつける。

「なんでそんなに強いの!? 手嶋は!!」
「あっちむいてホイが得意な悪徳領主だったのかもな、前世」
「それで納得できるかバカ!」
「……マジレスすると、オレが強いんじゃなくてお前が弱すぎんだよ」

まぁ、視線誘導とかも多少してるけど。と、よく分からないことを言いながら、手嶋は頬杖をついて、愉悦たっぷり私を見下ろす。

「顔に出過ぎなんだよな、苗字。小学校の通信簿に『素直なのはいいことだけど、もう少し人を疑う視点を持ちましょう』って書かれなかったか?」
「はぁ!? そんなん書かれてな……。……いや、書かれてないと……思う、けど……」
「ぶはっ。何真面目に考えてんだよ」

手嶋の手が伸びて、「そういうとこだぞ〜」と、額を人差し指でぐりぐりされる。またからかわれた。うぐぐぐ、と耐えていると、そのあとポンポンと頭を優しく叩かれる。手嶋を見れば、「まぁ、お前はそれでいいけどな」と機嫌良さそうに目を細めている。

……手嶋がめちゃくちゃいいやつで、紳士で、部活超頑張ってて、女子からも人気が高いことは知っているけど、あえて言わせてもらおう。

「大魔王手嶋純太!!!!」
「領主の次は魔王か〜いやぁ出世したな〜(笑)」





次の日の昼休み。

「――というわけで、どーーっしても手嶋純太に勝ちたいんですけど、なんかいい方法ないですかね……?」

食堂で素うどん(昨日カツ丼で奮発してまったので、しばらくは素うどん生活だ)を啜りながら、頭のいい親友の友美に救いを求めると、彼女はAランチ定食についてくる味噌汁を一口飲んだあと、さらりと言った。

「あるわよ」
「!? えっ」

驚いて、よく噛みもせずうどんを飲み下してしまう。慌ててお水を飲んで、口を開く。

「さ、さすが友美! でも……32敗もしてるんだよ、私。相当相性悪いよ。ほんとに勝つ方法なんてあるの?」
「うん。間違いないと思う」
「めちゃくちゃ断言するじゃん……マジで……?」
「要は、手嶋くんを動揺させちゃえばいいのよ。そうすれば彼お得意のテクニックは使えないし、あんたの表情を読んでる余裕も無くなる」
「動揺……」

手嶋を動揺させる。なんて……考えたこともなかった。
でも、あの常に余裕たっぷりな大魔王手嶋を動揺させるなんて、それこそ不可能な気がしてくる。

私の表情から不安を読み取ったのか、友美は「大丈夫。ちゃんとそこも考えてあるわ」とニヤリと笑う。策士という感じだ。かっこいい。親友の悪い顔に胸がときめく。

「戦は準備の段階から始まってるって言うでしょ。手嶋くんを動揺させるのは、勝負をする前よ」

そして私はこのあと友美から、大魔王も真っ青な恐るべき作戦を授けられることになるのだ……。





さあ、決戦だ!

昨日徹底的に友美に仕込まれた作戦。家に帰ってからも猛練習したし、協力者と物的証拠も作ったし、友美以外の友人に試して成功もしたし、今の私は無敵だ!

昼休み。食事を終えてクラスで待機する。しばらくして、リプトンの紙パック片手に教室に戻ってきた手嶋に、しずしずと接近した。

「――手嶋」

そう声をかけると、ヤツは「お、苗字。今日もやるか?」なんて嬉々として笑う。チクショウ。自分が負けるなんて一ミリも思ってない笑顔だよチクショウ。
しかし、いつもならここで「やってやろうじゃねぇか!!」と二束三文で乗ってしまうとこだが、今日の私は違うんだぜ。

ゆっくりと、 神妙な顔を作って首を横に振った。

「そうじゃなくて……今日は手嶋に報告があるの」
「報告?」
「うん。実は、私……か、彼氏ができたんだ」

恥ずかしそうに少しはにかんで、目を逸らして、私はそう告げる。この「恥ずかしそうに少しはにかむ」を昨日どれほど練習したか! どれだけ鬼監督(友美)にダメ出しされたか! 友情に危うく亀裂が入るかと思ったレベルだぞ。

おかげで今の私は完璧だ。アカデミー主演女優賞ものの、迫真の照れ顔だ。

「彼…氏?」
「うん」
「……いやいや。冗談だろ、そんな急に――」
「そうだよね、簡単に信じられないよね。じゃあ、これ見て?」

渡したスマホを見て、手嶋の顔色が変わる。
そこに映っているのは、一枚のプリクラ。科学の力で10割増美人になった制服姿の私が、手をハートの形にして、満面の笑みを浮かべている。そしてその隣で同じポーズを取っているのが――

「部活の後輩の権田原くん。実はずっと前からアタックされてたんだけど、根負けしてオーケーしたの。で、昨日プリクラ撮ってきた」

私は恥ずかしいって言ったんだけど、彼がどうしてもって言うからさ……と口では言うけど、頬を緩めて満更でもない感を演出。
あ、ちなみに。わざわざ部活帰りにゲーセンまで連行されて、好きでもない女子とプリクラを撮らされた可哀想な権田原だけど、ちゃんと昼飯を学食で奢るという報酬付きなので、問題ないです。先輩特権とかじゃないです。

呆然とスマホを見ている手嶋の口元からはいつもの笑みが消えていて、しめしめとほくそ笑む。さぁ、勝負はここからだ。私はサッとスマホを回収すると、唐突に告げる。

「手嶋、いくよ! さいっしょっはグー!」
「……え?」
「ほら、グー! はいっグー!」

無理やり急かす私に、あぁ、と気が抜けたような声を出して、手嶋が遅れてグーを出す。反応が鈍い。

「じゃんっけんっぽいっ!」

私はグー。手嶋もグー。

「あいっこっでしょ!」

私はパー。手嶋はグー。
……来た! 千載一遇のチャンスが!


「あっちむいてぇーホイッ!!!」


そして、勝利の女神が微笑んだのは―――


「……あ、」

「勝っっっっ……たぁぁぁぁ〜〜〜!!!!」


クイズ番組で優勝した人のように天を仰ぎ、両手を上げて喜びを爆発させる私。ッシャ!! 33戦目にして初勝利!! この私のゴールデンフィンガーが大魔王を粉砕した記念すべき日!!
手嶋はいまいち状況が飲み込めていないようで、放心に困惑を入り混ぜた顔で瞬きを繰り返している。ああ、なんて清々しい気持ちだろう。

と、そんなところに「名前、やったわね」と友美が近づいてきた。今回の勝利のMVPだ。私は彼女にひしっと抱きついた。

「ありがとう友美〜〜友美の作戦のおかげだよ〜!!」
「……は? 作戦?」
「うん。さっきの名前のあれ、全部嘘よ。付き合ってるって言ったのも、プリクラも、全部あなたを動揺させるため。作戦だったのよ」
「…………」
「ちなみに考えたのは私」

ごめんなさいね、手嶋くん。と、彼女はにべもなくさらりと言い切る。し、痺れる〜友美…!
そしてそれを唖然とした顔で聞いていた手嶋は、
「っはぁ〜〜〜〜〜マジか………」と長い長いため息をつくと、その場にへなへなとしゃがみこんで、顔を突っ伏してしまった。
初めて見る手嶋の姿に、私はニヤニヤが止まらない。そうかそうか、そんなに悔しいか。私もしゃがみこんで、ワカメ頭をつんつんする。

「はっはっはっ、大魔王がいいザマだね手嶋く〜ん」
「……………」
「悔しくて何も言えないかい? あ、ひょっとして泣いて」
「どうでもいいわ、そんなこと………」
「――は?」

聞き間違いかと思ったら、再度はっきりと「勝負なんてどうだっていい、」と実感のこもった声がして、私の眉間にシワが寄る。なにそれ、負け惜しみ?
すると、もぞりとワカメが動いた。顔を上げた手嶋と、至近距離でばちりと目が合う。そして次の瞬間告げられた一言で、私の時間は止まった。


「よかった。全部嘘で」

「………」


――手嶋は、笑っていた。でも、いつもの余裕たっぷりの笑顔でも、私を小馬鹿にする時の意地悪な笑顔でもなく、初めて見る顔で。

ほんのり紅く染まった頬と目元。当てられるだけで全身がこそばゆくなってくるような、熱っぽい視線。眉は下がって、本当に安堵しているのが伝わってくるようだった。

「え……、いや、その、」

カーッと顔に熱が集まってきて、ドッドッと心臓が浮足立ってくる。な、なんだよその顔。私に彼氏がいなかったことにそんなに安心するって、もしかして、手嶋って………。
と、目に見えるほど狼狽える私を見て、手嶋はふ、と息を落とすように笑った。

「ばぁーか」

からかうような声音でそう言ったかと思えば、手を伸ばして、私の鼻を摘んだ。思わずふぎゅっ!? と変な声が出る。

「や゛め゛ろ゛!」
「ははっ、ウケる。ニャンちゅうみてー」

こっちは相変わらずドギマギしてんのに、子供のように屈託なく笑う手嶋から、もうあの妙な雰囲気は消えていた。急な温度差に、肩透かしをくらった気分になる。なんだよ、つまり「ばぁーか」ってそういうことかよ、またまんまとからかわれてしまった…!!

手嶋の思うようにときめいてしまった自分が恥ずかしくて、それをごまかすように「に゛ゃんち゛ゅうだに゛ゃあ゛あ゛ん!!」とモノマネしたら、涙が出るほど爆笑された。





「あっちむいてーほいっ」
「……っあ、」
「はい、今日もオレの勝ち」
「くっそ〜〜〜〜!!!! なんでだよ〜〜〜〜!!!」

ぐぬぬと唇を噛み締めて、歌うようなノリで「これで40勝到達だな」という手嶋を苦々しく睨みつける。

初めて勝ったあの日、手嶋に「お前の勝利っつうか、加賀さん(友美のこと)の勝利だよな」「実力で勝ってこその真剣勝負だろ? そんなんで満足なのか?」などと上手いこと言いくるめられ、結局私はまた負け犬生活に戻っていた。一度倒したかと思えた手嶋は仮の姿だった。ボスにありがちな第二形態というやつだ……くそう。

「もうやだ……もう……負け続けるのはこりごりだぁ……」
「お、降参か? 案外早いギブアップだったな〜」
「っざけんな、まだやれるわ! 舐めんなよ、明日こそは実力で倒してやるんだから!」

待ってろよ、大魔王!! と海をも割る勢いで指差せば、ヤツは一度くっと喉を鳴らして顔を逸らしたあと、とてもとても楽しそうに、悔しいほどいい笑顔を私に向けて、言うのだ。

「─―ああ。待ってる」





〜オマケ〜


「大丈夫、手嶋くん。名前には伝えてないわよ。あなたが名前のこと好きなことも、だから彼氏ができたって報告であれほど動揺するんだってことも。何も言ってないから」

「……加賀さんって、いい性格してるよな……」

「あら、ありがとう。毎日好きな女の子の悔しがる顔を見て楽しんでる手嶋くんほどじゃないけどね」

「……、…………、オレの負けです……」

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