御堂筋くんに騙される
「用済みや。キミィはもう要らんよ。お払い箱や」
「え………」
「聞こえんかった? ププ、用済みや。よォ、うゥ、ずゥ、みィ!」
「………………」
──苗字名前は、それまであまり敵を作らずに生きてきた。
それは周りの人に恵まれていたのもあるし、彼女自身の天真爛漫さとポジティブ思考のおかげでもある。
父親の転勤のせいで、9月に京都に引越しすることが急に決まった時も、一時は落ち込んだが、すぐに前向きになった。幼馴染や友達との別れは寂しいが、今はスマホですぐに連絡できる時代だし、小学校の修学旅行時に改修中で見れなかった金閣寺にも行けるし、USJだって近い。
『父親の転勤のせいで神奈川県から引っ越してきました、苗字名前です。前の高校は箱根にあったので毎日温泉入り放題でした。もうそれは叶いませんが、代わりにこれからは寺社仏閣に入り浸ろうと思っています。もしよかったら誰か観光案内してください。とりあえずよろしくお願いします』
自己紹介でそう堂々と言ってのけた名前は、「中途半端な時期にやってきた訳ありっぽい転校生」というレッテルを初日から張り替えることに成功し、比較的スムーズにクラスの皆に受け入れられた。女子の友達もできた。
だが、そんな名前に目を光らせていた人物が存在していた。それが御堂筋翔だった。
『──キミィ、ハコガクから来たん? ロードレース、強いよなァ。ボク、ファンなんやわ』
第一印象は、大人しそうな男の子、だった。
『え!? そうなんだ、私チャリ部に知り合いいるよ! 泉田塔一郎っていって、今年のインターハイにも出たの』
『へえ! すごいなァ、苗字さんの知り合い。もっと詳しく話聞かせてもろてもええ?』
『うん! いいよー!』
良くも悪くも人を疑うということを知らない名前は、それは楽しそうに、誇らしげに喋った。一歳上の幼馴染、泉田塔一郎が箱根学園自転車競技部の部長に就任したこと。王者奪還を掲げ、毎日それはそれは厳しい練習を重ねていること。その中心にいて、彼とともに新生箱根学園を創りあげようとしている他の選手。同じ学年の強い人。エトセトラエトセトラ。
内心御堂筋がどう思っているかも知らずに。
それから、席替えで隣同士になったこともあり、御堂筋と名前の付き合いは比較的良好に(?)続いた。名前から見て御堂筋は、慎ましく穏やかで、自分のことを語らない、いかにも一般人のイメージする京都人そのものだった。だから、新しく出来た女子の友人から御堂筋が自転車競技部に所属してること──本人は帰宅部だと言っていたのに──を聞いた時も、あぁ御堂筋くん恥ずかしかったのかなと一人で納得したし、ゲリラ訪問した京都伏見高校自転車競技部で、見学したいと言った自分に御堂筋が一瞬、思いっ切り首を真横に傾けて、形容しがたいような顰めっ面をした時も……いや、その時はさすがにちょっとビビった。でもそれは本当に一瞬で、すぐに「ええよ。せやけど先輩方の迷惑になるとボクが怒られてまうから、部室には来ないでもろてええ?」と優しい御堂筋くんに戻ったので、名前は見間違いだったかな、と胸を撫で下ろすのだった。後ろにいる部員たちが一同に目を白黒とさせて、何か言いたげにこちらを凝視してるのだけ、ちょっと気になったけど。
御堂筋から立ってるように指定されたのは、普段練習に使っているという外周コースの途中にあるコンビニの前だった。そして名前は、そこで、とうとう御堂筋の尋常ならざる走りを目撃することになる。
………その時の彼女の衝撃は、とても計り知れない。
(──え? なに、今の、御堂筋くん?)
(なにあのフォーム、あんな前傾姿勢見たことない)
(御堂筋くんってあんなに手足が長かったっけ? あんなに身体大きかったっけ?)
(御堂筋くんって、あんなに、あんな………)
(──御堂筋くんって、本当に私と同じ人間!?)
もちろんそこはまだ市道だったし、名前の目もあることは知ってたし、御堂筋は全力で走ってなんかない。
ただ、その走りだけで、名前の常識をぶち壊すのには十分だった。それほど異質だったし、一人だけ抜きん出た存在感だった。名前はひたすらそこに立って、走る御堂筋を待った。周回を重ねる御堂筋に横切られるたびに、彼女の心には嵐が巻き起こり、次第にそれは胸が沸き立つような興奮へと変わっていく。やがて日が完全に沈んで、自転車競技部の練習が終わってしまって、帰りの遅い娘を心配した母からの電話がかかってくるまで、彼女はぽつんとそこに立ち呆けていた。
これは、大事件だ。箱学の部員に匹敵する、いやもしかしたらそれ以上かもしれない、そんな逸材が京都にいたなんて。報告しなくちゃ。名前は帰るや否や、逸る鼓動のまま幼馴染の泉田に電話をかけた。
しかし、返ってきた反応は、名前の予想外のものだった。
『え? 御堂筋? ──待ってくれ、名前が通ってる学校って京都伏見高校なのか?』
………そして名前はそこで泉田から、御堂筋の真実と、その本性と、自分が騙されていた事実を知らされることになるのだった。
さて、ここで冒頭に戻る。
「──用済みや。キミィはもう要らんよ。お払い箱や」
「え………」
「聞こえんかったか? ププ、用済みや。よォ、うゥ、ずゥ、みィ!」
「………………」
「ええか? 今までボクが、転校生で押し付けがましくて鬱陶しい苗字なんちゃらさんと、死ぬほどくだらん〈仲良しごっこ〉してやってたんはなァ、ぜぇーんぶ利用するためや。ハコガクの内部情報を得るのに都合が良かった、そんだけ。……しかしまだもうほんの少ぅしは利用価値があると思うてたわ、こんなに早くボクのことバラしよるとはな。ほんま使えん、ザク以下や」
「………、ひ、ひどい、今まで騙してたの………」
「ププーッそうやって悲劇のヒロイン面してれば誰か慰めてくれるんとちゃう? そや、あの幼馴染のキンニクマツゲくんとかな。あーキモ、キモキモキーモッ!」
「…………………………。」
──苗字名前は、それまであまり敵を作らずに生きてきた。
だから、同い年の男の子に「キモイ」と本気で言われたことはかなりショックだったし、キモイと言われただけじゃなく、今まで騙され、利用されていたことを打ち明けられたその日は、間違いなく彼女にとって忘れられない日となった。
「御堂筋くん、おはよう! 今日も朝練お疲れ様!」
しかし、そこでめげなかったのが名前だ。
「ファ、」
「『──ファ? 昨日散々突き放したのになんでこの女ボクゥに話しかけてきとるん?』みたいな顔してるね。わかりますよ、でも隣の席なんだからしょうがないよねー」
「………………。キモ」
「出たキモイ! それ口癖?」
女子に対してそーゆーこと言うと嫌われるよ〜? と軽くうけ合いながら、名前は着席すると、
「私やっぱり思ったんだけど、御堂筋くんと仲良くしたいわ」
荷物の整理をしながら、平然とそう言ってのけた。
「昨日色々言われて落ち込んだんだけどさ。でも偽りの優しさで接してもらうよりもかえって距離が縮まったんじゃないかと思って」
「……………」
何を言ってるんだコイツは。
もはや新人類を見るような目つきで御堂筋は名前を凝視するも、彼女は相変わらず荷物の整理をしている。
「練習見学させてもらった時にね、私御堂筋くんのあの走りを見て、すっごい感動したんだ。同じ人間なのに、こうまで一つのことに特化できるんだなって。感動して、美しいなって思って、強烈に惹かれちゃったの」
「……………………」
「御堂筋くんが私を利用するために私に近づいてたんなら、私も同じことやり返していいよね」
と、そこでやっと名前は顔を上げて、御堂筋を見た。
「私は、私のために、あなたを利用します。私のために、あなたと仲良くします」
だから、これからよろしくね、と。名前は御堂筋と目を合わせてにっこりと微笑んだ。
*
御堂筋は、休み時間に教室で一人、国語辞典を開いている。
【お】の項目で「お払い箱」を引いたあと、【よ】まで飛んで、その細長い指でページをめくり、「用済み」の意味を再確認する。
(……意味、間違うてへんよな)
そして渋い表情のまま、辞書をパタンと閉じる。
簡単な言葉だ、もちろん引く前から意味なんて分かっていた。だが、思わず自分が間違っていたのかと錯覚してしまうほど、いやいっそのことそうであってほしいと思うぐらい、話の通じないやつが現れたのだ。
その時、まさにその張本人が隣の席から「あれ、御堂筋くんなに調べ物してるのー?」と能天気に声をかけてきた。
「………話しかけんといてくれる? 勉強の邪魔や」
ここ数週間で嫌味のレパートリーも尽きてしまったので(しかもそれが全然通用しなかったので)、自ずと返す言葉もシンプルになる。あの御堂筋から語彙を奪うのだから相当だ。
御堂筋の険のある返事に、「あっマジで勉強中だった? ごめんごめん、黙るね〜」と案外あっさり引いた名前は、じゃあ私も勉強しよ〜と独りで言いながら、机の中から京都のるるるぶを取り出した。
「…………」
それを勉強と言うな。
と思った御堂筋だったが、口から溢れそうになるのを我慢した。聞こえてしまったらここぞとばかりに食いついてくるだろう。
名前は手持ち無沙汰になると、よく自分の席でこのるるるぶを愛読していた。カラフルな付箋が何本も飛び出ていて、かなり読み込んでいることが分かる。休日にはこちらでできた友人を手当たり次第誘って実際に出かけているらしい。
それを知った御堂筋が、どうせ自分も誘われるだろうと思い、さて誘われたらどんな罵詈雑言で撃退してやろうかとほくそ笑んだのも、もう数週間前のこと。御堂筋の予想を裏切り、名前は、彼にだけ声をかけなかった。別にそれならそれに越したことはない、のだが。
『──名前、御堂筋は誘わなくてええん?』
とある休み時間、友人達との会話が聞こえてしまったのだ。
『え? なんで御堂筋くん?』
『だって好きなんやろ、彼のこと』
声は潜めているものの、距離が近かったためその内容は筒抜けだった。冷やかしが混じった、よく知りもしない女子生徒の浮ついた声が心底不快で、御堂筋が席を外そうとしたその時だ。
『ダメだよ御堂筋くんは。だって彼、自転車乗るので忙しいもん』
さらっとそう答えた名前は『まぁ私も御堂筋くんと遊びたいけどさ。邪魔、したくないんだよね』と続けた。
『………』
(……ほんま、何様のつもりなん。まだ知り合って経った一ヶ月しか経っとらんのに、キミィにボクのなにが分かるいうん? キモイわ、苗字名前)
その時のことを思い返すと、今でもムカムカと腹が立ってくる。安直に誘ってくるぐらい愚かだったなら、完全に自分の世界から排除できるのに。この女は、中途半端に空気を読むのだ。自分が本当に邪魔されたくない時には触れてこない。騙されやすくて馬鹿だが、愚かではない。そして知らず知らずのうちに、人のスペースに入り込んでいるのだ。
と、らしくもなく振り回されている御堂筋が、苦虫を噛み潰したような表情で次の授業の支度をしていると、不意に名前のスマホが鳴り出した。彼女はそのまま、かかってきた電話に出始める。
「もしもし、塔一郎? ……うん、こっちも昼休みだから大丈夫だけど、どしたの? ──え? 御堂筋くん?」
そして不意に出される名前に、肩がピクリと動いた。
「御堂筋くんなら隣にいるけど……んーどうだろ」
くるりと名前が横を向いて、おずおずと「御堂筋くん、箱学の泉田塔一郎が電話に代わってほしいって」と御堂筋に声をかける。一瞬は、嫌やと即答してやろうとも思ったが、いや待てと御堂筋は思い直した。彼の脳裏に浮かんだのは数ヶ月前のインターハイでの出来事だ。自分の煽りに対し素直すぎる反応を見せた、真面目で熱くなりやすい坊主頭のキンニクマツゲ。
(……なァるほどなァ)
そしてそこから電話の用件も察した彼は、隠すことなくニヤリと口角を上げた。これはいい時間潰しになるかもしれない。
無言で名前からスマホを受け取った彼は、それを親指と人差し指でつまんで耳の横まで持ってくると、のんびりと「もしもぉーし」と声を投げかけた。(名前は『デ○ノのL持ちだ…!』と内心感動した。)
『もしもし、御堂筋くんかい? 箱根学園の泉田塔一郎だ、どうもお久しぶり。突然すまないね』
「…………はぁ」
『近況を報告しあうような間柄でもないし、早速だけど本題に入らせてもらうとするよ。今回ボクがキミに電話をかけたのは、他でもない苗字名前に関してだ』
(やっぱり! そう来ると思うたわ)
あまりにも予想通りで思わず吹き出しそうになったが、咄嗟にもう片方の手で口を押さえて堪えた。
『……まさか、名前の転校先が京都伏見だとは思わなかったよ。早くからそう知ってれば予めキミについて注意できたのに。全く、名前を使って箱根学園の内情を探ろうとしていたなんて……本当に油断も隙もない男だ。敵ながら感心するよ、やり口は気に入らないけどね』
「………」
『でも、今日はそれについて文句を言いにきた訳じゃないんだ。ボクが言いたいのはただ一つだけ──もう苗字名前を傷つけるような真似をするな、ってこと』
名前の名前が出た途端、泉田の声が鋭さを増す。
御堂筋は黙って目を細めた。
『勝利のためなら誰が傷ついたって構わない、たしかにキミはそういう男だったね。だけど……レースに無関係の一般人を巻き込むのはやめろ』
「………」
『名前が今回のことでどれだけ心を痛めたと思ってる? 変わった友人ができたと、彼女は嬉しそうに話していたのに。名前は、ボクの大事な大事な幼馴染なんだ。今度彼女を傷つけるような真似をしたら……ボクが許さない』
「………」
『要件はそれだけだ。……何か言ったらどうだい?』
「………。そやね、うん、ほうか、……」
それまでずっと沈黙を続けてきた御堂筋が、ゆらぁ……と身体を前方に曲げた。その背中が徐々に、くつくつと震え出す。隣で見守っていた名前がゴクリと息を飲んだ──彼は笑ってるのだ!
電話越しの泉田もそれに気づいたらしい。『何がおかしいんだい?』と、彼は御堂筋に苛立たしげに問いかける。
しかし────そこからはもう、御堂筋の独壇場だった。
「ッ、ププ……いやぁ、こんな電話しとる暇があるなんてさすがハコガクさんやなァーって思て。天下の絶対王者さんは、インハイで1年に優勝獲られてもまぁだ余裕たっぷりなんやなァ、すごいなァ」
『そういう挑発をしても無駄だ。キミのやり口はよく分かっている。そうやって話を逸らすつもりなんだろう?』
「挑発ゥ? 挑発やなくて、本気で言うとるんやよ?」
首をぐんにゃりと曲げて、眉を下げて、口をすぼめて、御堂筋はわざとらしく喋る。腹立つ顔がうまいな〜! と、琴吹は舌を巻いた。
『……とにかく、これはロードレースは全く関係ない、一個人としての電話だ。そこに取り合うつもりはない。とにかく、名前に』
「なぁキミィ、好きなん? 苗字名前──害虫女のことが」
『っ!! な……、が、害虫……だと……!?』
「そや。ガァイチュウゥオンナァ」
(で、出た〜〜害虫女!)
久しぶりに聞いた愛称だ! と、名前は心の中でこっそり盛り上がる。言われるたびに、「いや、私が虫なら御堂筋くんは爬虫類だよね」とか「もっと格上げしてほしいなぁ、蜘蛛とかさ」とか返していたので、ここ最近は言われなくなったけど。ところで、愛称だと本気で思ってるところが名前のメンタルのただならぬところだ。
自分のことが話題にされてるにも関わらず、スポーツ観戦でもしてるかのように見守る名前の隣で、御堂筋の口撃は加速する。
『っ、おまえは……名前を愚弄するようなことを』
「ププーーーッ図星か? エエね、熱いわ、少女漫画のヒーローみたいや。好きな女のために本気で怒るなんて! カァッコエエ〜〜、ププッ」
もはや完全に、御堂筋のペースだった。
「せやけど、キミィになにができる? せいぜいそうやって電話口でピーピーわめくことしかできんよなァ? 滑稽やで、キンニクマツゲくん。ププ、キミは滑稽で愚かで無様ァで、ほんでもって無力や! 」
『………!』
「──その上傲慢や! キミはボクにお願いする立場やろ? 命令できる立場ちゃうやろ? お願いします御堂筋くぅんって頼むのが筋なんちゃうん? ──あぁ! ほうか、〈絶対王者〉さんやからお願いの仕方がわからんのやね、〈二位〉やけど、〈敗者〉やけど絶対王者やからァ!」
『ぐっ……言わせておけば、ペラペラと……!』
「くぅーだらん。幼馴染だの友情だの恋愛だの、ほんま反吐が出るわ。青春ごっこやるのはええけどボクを巻き込まんでくれへん? ボクはペダル回すので忙しいんや。負けたのに慢心してこぉーんな電話かけてる暇のあるどこぞの絶対王者……プフッ、ボウフラ王者さんと違ってなァ!」
『………………』
とうとう沈黙を返すだけになってしまったスマートフォンに、己の勝ちを確信した御堂筋は、満足げに頬を緩めながら、「あ! そうや、ついでに」とさらに追い討ちをかける。
「ボクがなんで名前のこと害虫女て呼ぶか、教えてあげるわ。なんや名前はボクのことがスキ……なんやて」
『!! な……なんだと……!?」
「スキ、スキ、スキィ……プク、キッモイわ。ほんまキモすぎる。けどなァ、ボクがそう言って何度追っ払ってもその度しつこく絡んでくるんや。まァるで外灯にたかる蛾。それで害虫女」
そしてニンマリと口角を上げて、御堂筋は泉田にとどめを刺した。
「つまり──残念やったなァ、キンニクマツゲくん。幼馴染かなんか知らんけど、キミィ、脈ナシやで」
不自然なほど目を細めてそう含みたっぷりに告げると、御堂筋は一方的に通話を切った。そして制服でスマホの表面を拭ってから、その長い腕を伸ばして名前の机にスマホを放り投げる。先程までわざとらしい笑顔は消え、彼は不気味なほどに無表情だった。
名前はそんな彼の横顔をまじまじと見つめて、それからおもむろにスマホを操作しだす。
「──あ、もしもし塔一郎? うん、ごめんねー色々、お疲れ様ー」
なんと、彼女は再び泉田に電話をかけ直したのだ。
「うん、私はぜーんぜんだいじょぶ。もうあの『がぁいちゅうぅぅおんなぁ!』 とか慣れたもんだわ、あっはは」
(こ、このアマァ…………!)
ギロリと御堂筋が目をかっぴらいて名前を凝視する。だが、それに全く動じず、彼女はペラペラと喋る。
「ていうか、なんか変な疑いかけられちゃってごめんね。え? いや塔一郎が私のこと好きとか。あはは、幼馴染以前に私達いとこ同士だって御堂筋くん知らないからさ〜」
(……な、に? いとこ?)
「うん、うん。まあ御堂筋くんはいつもあんな感じだから気にすることないよ。え? 知ってた? あはは。あー……それね、それは事実。でも私、御堂筋くんに好きなんて一言も言ってないんだけどね。まあ好きだけどさ」
さらりと付け加えられた最後の一言に、御堂筋の瞼がピクリと動く。
「んー…そこはよくわかんないや。そもそも私今までも恋愛とかしたことないし。でも、それはこれから分かっていく気がする。とにかく私、御堂筋くんのことを追いかけてたいんだ」
「……………」
「だからあんまり心配しないで? 全然大丈夫だから。最近わかったんだけど、私、アレ! 肉食系女子ってやつだと思う。だから何言われてもへっちゃらだし」
「キモッ」
とうとう声に出した。
「じゃあね塔一郎、うん、ありがとー」
電話を切った名前は、ふぅ、と息をついて、それから御堂筋の方を見た。その瞬間目がばっちり合ってしまって、御堂筋はぐるんと勢いよく前方に視線を戻した。
「いやー、凄まじかったね御堂筋くん」
「……ハァ? 幼馴染がボコボコにされたのになぁんで上機嫌そうなん? 随分と薄情やな、かぁいそー、キンニクマツゲくん」
「だって私、塔一郎のこと、信頼してるからね。あのぐらいの暴言、あいつはバネにして、地道に努力して乗り越えて、強さに変えることができるって」
「……………………」
「ね、それよりさ、御堂筋くん、私のこと"名前"って名前で呼ぶんだね。初めて知ったよ。私もこれから翔くんって呼ぼうかな〜」
「………。キモッ。鳥肌たったわ」
「ふふふ」
「なぁに笑っとるん? ほんまキモイわ」
「んーや、なんでも」
顔を背けていても、隣の女がニコニコと笑っているのはなんとなく分かる。余計なことを言い過ぎた、と御堂筋は内心舌打ちをした。いとこ同士だと知っていたら、最後のあれは言わなかったのに。いや、知っていなくたって、そもそも余計な追撃だった。なんで、自分は……
(まさか……ムキになっていた? ボクゥが? いや、そんなはずは……)
と、その時、再びるるるぶを読み始めた琴吹が、「おっ!」と声を上げた。
「へぇー! 地元の人しか知らないパワースポット、行けば恋愛成就間違い無し』だって。今週末はここ行こうかな」
「んなん信じるとかアホか……」
考え事をしていたから、うっかり口が滑っていた。
しまった、と思った時はもうすでに遅い。
「!! えーそれならほんとに地元民しか知らない名所教えてよ! あ、ちょっと待って私今日クッキー作ってきたの、それ食べながら作戦会議しよ!」
名前がパァっと顔を輝かせて、御堂筋の方に向き直る。ほら、餌を与えた鳩のように食いついてきた。うんざりとしながら、御堂筋は時計を見上げる。煩わしいことこの上なかったが、まあ授業が始まるまでもう5分もないし、それぐらいなら……
「──ハァ!?!? キモッ!!!!!」
「うわ、びっくりした」
一瞬、ほんの一瞬でも絆されてしまった自分に寒気を感じて、ゴシゴシと執拗に腕をさする御堂筋を見て、御堂筋くんクッキー嫌いなのかなぁ……と相変わらず呑気に考える名前なのだった。
*
その日の夜、箱根にて。
「ユキ、今週の3連休だけど、ちょっと偵察に行ってくる」
「え? この時期に偵察? つか主将がわざわざ行くようなところなんてあるか?」
「ああ、ちょっと京都までね」
「!? はァ!?」
「3日間あれば自転車で行って帰ってこれるだろう。安心してくれ、盗られた分だけの情報は勝ち取ってくるから」
──泉田塔一郎は燃えていた。散々侮辱された怒りと、言い返せなかった自分の弱さへの怒りと、幼馴染を──いや、自分の想い人を掻っ攫われた怒りで、メラメラと燃えていた。そう、彼は本当に名前のことが好きだったのだ。というわけで、泉田と御堂筋が直接対決する日も近い……かもしれない(?)
【リクエスト:御堂筋くんがお相手の、ある日の日常的なお話(できたら泉田くんを登場させる)】
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