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荒北くん、煩悩と格闘する


悪くねえ。
オレはぜってーーーー悪くねえ。


「アーーーーーーーくっそ………」


ローラーの上でひたすらにペダルを回す。ペース配分に考慮して走れだァなんだと普段から東堂によく言われるが、悪いが今日はそんなもん気にして走ってられなかった。必死になって足を動かす。右を踏み込んだら、左を。左を踏み込んだら、右を。その単純作業に全力で没頭しようとする。中途半場に足を緩めたら思い出してしまう、あの、純白の、

「ってまた思い出してんじゃねェかクソッ!!! アーーーーーー!!!」

叫ぶと、付近にちらほらといた部員がぎょっとしてこちらを見た。クソッ、クソクソ!! ハンドルに思い切り拳を叩きつけたくなる衝動をなんとか抑えつけて、オレは顔を突っ伏してまたケイデンスを上げた。メーターの表示を見なくてもわかる。明らかに上げすぎだ、こんなんじゃとても部活終わるまで持たねェ……。

「荒北さん何かあったのかな……」
「相当回してるよな今日……悪いことでもあったのかな」

「聞こえてんぞソコォ!!!!」

ひぃっと引きつった声が聞こえて、そして「すす、スイマセン!!」と謝られる。怒鳴り散らしたくなったがぐっと堪えて、「オレの心配してるぐらいならペダル回そうネェ」と、その後輩を横目で見据え、努めて穏やかに言った。……つもりだったが、真っ青になってがくがくと頷いたヤツらの表情を見る限り、穏やかな表情、できてなかったらしい。下手に笑顔を作ったのがよくなかったか。

げ。パワーバーの甘ったるいニオイが近寄ってきた。見なくてもわかる、コイツは……。

「――おお? 靖友、今日はやけに飛ばしてるな。何かいいことでもあったのか?」
「るっせェ新開話しかけんじゃねーよ」
「あ」
「東堂はだーってろ!!」
「まだ荒北の〈あ〉しか言ってないだろ!! それはあまりにもヒドイぞ!!」

キャンキャンと犬みてェに吠える東堂に舌打ちが漏れる。何かそういう周波数でもあんじゃねーかって思うぐらいコイツのこの声は人を苛立たせる。これなら実家のアキチャンの吠え声のほうが全然静かだ。それに可愛いし。

後輩には悪いことがあったのかと囁かれ、新開にはイイことがあったのかと聞かれた。見事に両極端な反応だ。ったく、今のオレはどんな風に見えてんだァ? ……でも、先程オレの身に降りかかった出来事は、そんな単純に良い悪いで捌けるようなことじゃねーんだヨ。こいつらに話す気にはとてもなれねーけどォ………。

依然、外からは雨のニオイがしてくる。自然現象に腹立ててもしょうがねェと分かっていても、どーしても苛立ちが募る。クソ。雨さえ降ってなけりゃ、あんなことにはならなかったつーのに。






(うわ……ついてねーなァ……)


昼休み、次の授業で使う辞典を部室に置きっぱなしにしてたことに気づき、慌てて外に出ようとしたら、そのタイミングでちょうど雨が降り出した。まァ今日は朝から分厚い雲が空を覆っていて、今にも泣きだしそうな空模様だったし、天気予報でも散々午後から雨が降るっつってたしな……。傘をちゃんと準備しておいてよかった。
部室に向かって歩きだすと、傘に打ち付ける雨の音で、雨脚がかなり強いことに気づく。傘は小さいし、これはある程度濡れることは覚悟したほうがよさそうだ。ますます気が萎えて、オレはため息をついた。

自転車競技部の練習施設の入口までたどり着き、傘を払って傘立てにツッコむ。中はガランとしていて、誰もいなかった。これがインハイ前だったりすると、かなりの人数が昼練でローラーを回してたりするんだが、今はオフシーズンだからな。さて、部室だ。

……この時、床が点々と濡れているのに気付かなかったのは、今思えばかなりの失態だった。気づいていればあそこで踏みとどまれたと思うと、悔やんでも悔やみきれない。オレは一直線に部室へと向かい、そして当然誰もいないものだと思って、扉を勢いよく開けた。

その瞬間、オレの目に飛び込んできたのは、白。

光沢のある、白い……ブラジャー。


―――え?


「あ、……荒北、くん?」


声をかけられて、はっとして視線を上げると、そこには大きく目を見開いている苗字チャンがいた。くしゃっと脱ぎ捨てられたシャツがテーブルの上に置いてあり、彼女は、ブラジャー以外上半身に何も身にまとっていなかった。

なにが起こっているのか把握する前に、耳をつんざくような悲鳴が部室に響いた。

「キャーーー!! あ、荒北なに、あんた何でいるの、とにかく出てけ!! 出てけ!!」

その声は苗字チャンのものではなく、同じく部室にいた、苗字チャンの親友である自転車競技部の女マネのものだった。苗字チャンにばかり目がいってて、その存在に気づきもしていなかったオレは、その声に相当ビビった。ビビって、そして現実に引き戻された。慌てて、バーン!! と音が出るほどの勢いで扉を閉めて、オレは背中でその扉を抑えつけるようにして声を上げた。

「なっ……ンでこんなとこで着替えてんだヨ!!! つか何でこんな時間に!! なんで……ンだよこれ……!!」

もっと文句を言おうとしたが、動揺で全く言葉にならない。

苗字チャンはオレの現クラスメイトで、そしてキーキーとうるさく声を荒げているこの女マネの親友で、そんな繋がりもあってか、割と関わることが多い存在だった。そうして関わる中で、最近オレは苗字チャンに対する特別な気持ちを自覚しつつあった。とどのつまり……恋愛感情ってヤツだ。そんな、好きな女の下着姿を目撃して平然としていられるほどオレは聖人じゃねェ。

脳裏に浮かぶのは、苗字チャンの白い肌、白いブラジャー。そして、水分を含んだ黒髪が、その肌にしっとりと張り付いていて………。

ゴクリと唾を飲み込む。身体中の血が沸騰して頭に上ってくる。ヤバイ、ヤバイヤバイ。オレは、込み上げてくるその情欲に唇を噛んで耐えることしかできなかった。

―――その後、苗字チャンは自転車競技部のジャージを着て部室から出てきた。どうやら昼休み、委員会活動のため外に出ていた苗字チャンは突然の雨に降られてずぶ濡れになってしまったらしい。それを見かねた女マネがこの部室まで連れてきて、彼女にジャージを貸してあげたと、そういうことだったワケだ。名前が謝る必要ないのにと女マネはいまだに憤慨していたが、事情を知ってもオレはぜってー悪くないと、心の中でそう思った。しかし、実際にそれを口に出せなかったのは、羞恥で泣きそうになりながら「ごめんね、荒北くん」と謝る苗字チャンを責められるわけもなかったからだ。つーかもう、とても目を合わせられなかった。

そうして、今に至る。いまだにチラチラと、あの彼女の真っ白なブラジャーが、肌が、蘇ってきてはオレを煽ってくる。

「ッ、はぁ………!!!」

湧き上がるそいつを潰すように、足を踏み込む、ペダルを漕ぐ。そうしていないと頭がおかしくなりそうだった。

「おい、荒北。汗を拭け、地面に水たまりができそうだぞ」
「――、ああ、福ちゃん、あんが……」

礼を言おうとして顔を上げると、目に入ってきたのは、白いタオル。

白……。

白い、苗字チャンの、


「アーーーーーーー!!!! やめろ、消えろっ、消えろ映像!! ンなもんオレに見せるな思い出すだろォ!!!」
「えっ」

「……おい荒北、さっきから様子がおかしいぞ?」

と、顔をしかめて再び近寄ってきたのは東堂。その白いカチューシャが目に入る。白いカチューシャ、白い、苗字チャンの……

「アーーーー東堂てめェ近づくなっ!!!! オレに!! オレの視界から消えろ!!!」
「えっ……」

「ああああくっそォ………」

再びオレは頭を下げた。どうやら、しばらく白いものは直視できそうにねェ。とにかく今オレにできるのは、全力でペダルを漕いで気を紛らわせることだけだった。

その後、女マネからすべての事情を聞いたらしく、新開に労われ、東堂には同情されて、福ちゃんには「大変だったな」と肩を叩かれ。さらにやり場のない怒りを当てつけるようにそのままオレは自転車を漕ぎ続け、そしてとうとうぶっ倒れるまで、あと残り数時間。


【リクエスト:荒北さんがヒロインにラッキースケベしちゃうギャグっぽい話】

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