今泉くんに報われない片想い
彼に振られるのは、これで通算6回目。
「今泉くん、これ。隣のクラスの花村さんから」
淡いグリーンの可愛らしい封筒、私はその中身を知っている。そしておそらく彼も分かっている。だから、私がこれをこうやって突然なんの前触れもなく差し出しても、彼は全然驚かない。その切れ長の瞳をさらにすぅ…っと細めるだけ。
「またか」
……奥さん聞きました? またか、ですって!
声から、ウンザリって感じが伝わってくる。そういうのさ、いくらなんでももうちょっと隠せよ、って思う。相手が私だからいいと思ってるのかね。
今泉くんは差し出されたそれを、課題のプリントでも押し付けられたような顔で受け取った。そしてそのまま封筒をひっくり返して、差出人を確認。
「……知らない名前だな」
「今泉くんは知らないかもしれないけどその子結構有名人だよ」
「へえ」
「隣のクラスでさ。知らない? 弓道部で個人で県大会まで行っちゃったの。ほらこの前集会で表彰されてたじゃん。かなりの美人さんでねー、モテるんだよ。しかも性格も、」
「興味無いな」
冷たい声が氷の矢と化して、私の心臓をブスリと深く貫いた。なんで私は、このよく知りもしない花村さんのフォローに必死になってるんだろう。そしてそれを一蹴されてしまったことに、何故こんなにも傷ついているんだろう。
『これを今泉くんに渡してほしいの』と、私に手紙を渡してきた時の花村さんの緊張した面持ちを思い出す。『苗字さんって、今泉くんと仲良いんでしょ?』と続けた、その声が微妙に尖ってたことや、どこか挑みかかるように私をじっと見つめていたことも同じように思い出す。そうか、私のこと警戒しているんだなって。こんな可愛らしい女の子が、私みたいな取るに足らない一般ピープルに対抗心燃やしているんだなぁって、あの時はなんとも言えない気持ちになった。
淡いグリーンの可愛らしい封筒、彼女はそれに、ボールペンで一文字一文字丁寧に時間をかけて、「今泉俊輔」の四文字を書ききったに違いない。きっと、祈るような気持ちで、手の震えを抑えつけながら、書いたに違いない。わかるんだよ、そういうの、泣きたいぐらいに。だって私も好きなんだから。
こうやって、私の目の前で容赦なく誰かの恋心が粉々になっていく様を見るのはこれで6回目。その度に私の淡い恋心もズタズタに傷つけられる。振られているのは私じゃないのに、私が振られているような気分になる。
「……興味無いかもしれないけど一応読んであげなよ」
声の震えを押し殺そうとしたら、抑揚のない棒セリフになった。今泉くんは、私のその大根役者っぷりにも何も気づかない。やれやれ、といった風にため息をついて、その封筒を開けて、中の便箋を取り出して目を通し始める。私は彼の整った横顔を見て、無性に腹が立ってくるのを感じた。いつもは見惚れてしまう彼のその綺麗な顔が、今は憎たらしくてたまらなかった。ひどいなぁこの人。本当に、本当にひどい。
「返事を聞かせてほしいから、明日の放課後校舎裏にこい……だとさ」
「行くの?」
「まさか。部活の時間を無駄にしたくない」
「断るだけなら1分で済むでしょ……行ってあげなよ」
「前回そう言われて行ったら泣かれたんだよ。話しただろ」
「………じゃどうするの」
と聞くと、今泉くんはむすぅっとした顔で黙り込んで、その後諦めたように再びため息を落として「仕方ない、か……」と呟いた。どうやら、行く気になったようだ。
「……苗字にも、迷惑かけるな。すまない。オレのせいでこんな役目を毎回押し付けられて」
「あはは、本当にそれねー」
「けど、お前もいちいち引き受けてやることないんじゃないか? だってこの花村って女、全然知らないヤツだったんだろ?」
「……」
「嫌なら断った方がいいんじゃないか、こんなの……。色々気を遣うだろ」
「……」
先程とは全然違う、私を心配するように発されたその柔らかい声音に、また私の胸はギシギシとひどい音をたてて軋んだ。
今泉くんは、本当に、ひどい。ひどくて、優しい人だ。
「………ありがとう、今泉くん。私なら大丈夫だよ」
「そうか。なら、いいんだが」
「うん。まだ、大丈夫」
「……〈まだ〉?」
眉を潜めた今泉くんに、私はぼんやりと微笑み返した。
絶望的に、私は知っている。今泉くんは私になんて振り向いてくれない。彼はまっすぐ自転車のことしか見ていない。でもそれをわかっていても、今泉くんが中途半端に優しいもんだから、私はこの報われない片想いから抜け出すことができない。他の女の子達が次々に振られていくのを見ても、結局はこの気持ちを断つことなんてできない。……泥沼のようだなぁ。
「しっかしホント、不思議だよねー。今泉くん、愛想ないしまるで自転車のことしか頭に無いのに、どうしてモテるんだろうね。いくら顔が良いって言ったってねぇ」
「……知るかよ」
今泉くんは、むっとして口を尖らせた。怒り方が少し子供っぽくて、思わず吹き出してしまった私に、「何がおかしいんだよ」と彼は鋭い視線を向ける。自分から告白して玉砕しにいかないのは、こういう気の置けない友達同士のぬるーい時間を手放したくないからだろう。ぬるくて幸せで白昼夢みたいな、こういう時間。卑怯かな? でも、きっとスッパリと振られるよりもずっとキツイ、ドロドロの修羅の道を歩んでいるわけだし、許してほしい。
これで6回目の失恋か。傷つけられて、瘡蓋になったとこをまた引っぺがされて、傷つけられて、今度は傷口に塩を塗られて、痛い思いをして。もうどれぐらい経ったかな? でも大丈夫。まだ、大丈夫。まだ、好きでいられる。
じゃあ、あと、これから何回彼に振られれば、私はこの恋を諦められることができるかなあ?
………報われない恋って、ひょっとしたらジゴクかもしれない。
怒ってしまった今泉くんに慌てて弁解しながら、私は、他人事のようにそう考えていた。
【リクエスト:今泉くんがお相手の話】
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