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新開くんに優しく殺される


「ごめん……俺、苗字のことは、友達としか見れない」

「ずっと、いい友達でいたいんだ」

「ごめんな、これからもよろしく、苗字」


――――ああ、この世で一番残酷な言葉って、大好きな人から告げられた「友達でいよう」なんじゃないかなぁ?

ぼんやりと彼の顔をみながら、ぼんやりとそう考えた。何だろう、この現実感の無さ……。頭と心が完全に乖離してしまって、心は痛くて重くてずどーんと地面を這っているのに、脳みそだけ空にぷかぷか浮かんでいる感じだ。
にしても、すごいよなぁ人間って。表情筋に力込めて口角をあげればそれは「笑顔」になっちゃうんだから。それが偽物だって、簡単に見破ることはできない。どんなに辛くても、隠せてしまう。


「……そっか。ごめんね」


1ミリ、口角をあげるたびに、悲しさがどんと降りかかってきて、うっかりすればそれに押しつぶされて泣いてしまいそうだった。でも今私、これで笑ってるんだよなぁ。ちゃんと上手に笑えているといいなぁ。絶対に、彼の前では涙を流したくなかった。迷惑かけたくないっていうより、そんなみじめな姿、死んでも見られたくない。


「これからもよろしくね、〈友達〉、として……」


………自分からその地雷ワードを踏み抜いたのは、もっともっと傷つけばいいと思ったから。もっともっと傷ついて、もう恋なんてしなくていいって思えるほどの痛みを負えばいい。


「ずっと、〈友達〉として、仲良くしてね……!」


そして、永遠に治らない傷になればいい。
グサリ、と。私は心にナイフを突き立てた。深く、深く。





「…………」


空が青いなぁ、なんて。
普段生活していると、意外とこんな風に顔を上げることなんてないから、改めてそんな風に思える。空ってこんなに青かったっけ。あまりにも透き通った青だから、目に落ちて染み込んできた。痛いなぁ、もう、涙が滲んできたじゃないか。
振られてから、まだそれほど時間は経ってないだろう。先程、私の初恋が死んだ記念すべき場所である、せまーい校舎裏。私は校舎に寄りかかって、ペタンと座り込んでいた。

「………しんじゃいたい」

……はっ、馬鹿か。呟いてみて、あまりにもその言葉が間抜けすぎて心の中で自嘲する。失恋して死にたくなるとか、どれだけメンタル弱いんだろう。本当に死ねるわけないのにね。「死因:失恋」とかくだらなすぎる。

「失恋じゃ死ねないぞ」

「うるさいなー、わかってるっての………」

なんなんだよ。今心の中でそう思ったばっかりだよ。わざわざ繰り返さなくてもいーよ。うざったいな………。

……………。

……………。


「―――ええっ!? し、新開くん!?!?」

「気がつくのが遅いな、おめさん」

空を眺めてたから気づかなかった。いつからいたのか全然わからないけど、新開くんは、私の隣に立って、同じように壁に寄りかかっていた。

「な、な。何でここに。え、嘘、失恋って、どういうこと、見てたの」

軽くパニックに陥る私と対照的に新開くんは落ち着きはらっていた。私を見下ろして、制服のポケットをがさごそと漁って、「まあ落ち着けよ。これでも食べてさ」と差し出したのは何かの補給食のエネルギーバーみたいなやつで。いや、あのね……。

「それ食べて落ち着くのは新開くんだけだから……」

でもまあ、そんだけ単純だったらいいのにね…。胃袋にものが入れば元気になる、なんて。

「そうか?」
「そーだよ……ねえ、見てたの? さっきの……」
「………まあ、見てた。ここ、オレが飼育してるうさぎ小屋と近いからな。偶然目撃しちゃってさ」
「うわー………」

サイアク………サイアクだ。

「………ごめん、見てたならわかると思うけど私今このまま新開くんと喋ってられるような精神状態じゃないの。一人にしてくれないかな……」
「それはできないな」
「はぁ……?」
「だって、苗字さんが死んじゃったらオレ、困るし」
「………あはは、課題見せてくれる人がいなくなるから?」
「それもある。だけどそれだけじゃない」

そう言うと、彼は私の隣に腰を下ろした。うーん、厄介なのに捕まっちゃったな。心の中で虚ろな笑い声をあげる。ああ、まただ。脳みそと心が離れ離れになる。どっか遠い、遥かに遠いところにいる私が新開くんの相手をしているような。

「参ったなぁ……なんだか知らないけど、本当に一人にしてほしいのに……」
「……見てくれないんだな」
「えぇ?」
「苗字さん、さっきから一度もオレの方を見てくれない。失恋したんだから、オレのことを見てくれたっていいのにな」
「あはは、何言ってんの?」
「こっち見ろよ」

彼が何でそんなことを言うのかがわからない。首を動かすことすら億劫で、私は目だけちらりと横に向けようとした。
すると、隣の彼が動く気配がして、その次の瞬間私の瞳から空の青が消えた。

「―――オレのこと、見ろよ」
「……!」

彼は私の正面に回って、膝をついて覆いかぶさるように私を見下ろしていた。片手で校舎の壁をつき、もう片方の手は私の頬をするっと撫でて、そのまま固定するように顎を優しく捉える。顔を動かすことができず、彷徨った瞳が不意に彼のコバルトブルーの瞳に捕まると、もうそこから目が離せなくなる。ああ、新開くんの目も、青いんだな、なんて現実逃避する。

「やっと見てくれた」
「し、新開くん……………」

近いよ、距離が。なんなの、この状況。

「オレさ、知ってたよ。苗字さんがあいつのこと好きだって。見ててわかる、苗字さん、いっつもあいつのこと目で追ってたから」
「! そう、だったんだ………」
「……ふふ、相変わらず鈍いんだな、苗字さんは。今の聞いても気づかないのか?」
「え……」
「オレも見てたってことだよ。ずっと……。こんな風に、苗字さんのことだけを、ずうっとね」
「!! ………」


―――どういう意味? とは、さすがに聞けなかった。


私を見つめる新開くんの、その熱がこもった目。瞳の奥は、かすかに不安げに、どこか頼りなく揺れている。
これでわからなかったら、さすがに馬鹿だ……。

新開くんは見事に固まってしまった私を見てふっと笑みを漏らすと、両手を解放して、また私の隣へと戻った。そして、ふう、と空に向かってため息。

「バキュン、なーんてな」

不意に、彼は人差し指を銃に見立てて、私に向かってそれを撃つ真似をしてみせた。

「…………なに、それ」
「新開隼人のバキュンポーズ。狙った獲物は必ず仕留めるよっていう、サイン。知らないか?」
「知らないよ……」
「そうか」
「……………」
「……………」
「つまり今、私、ターゲットされたってこと?」
「察しがいいな、その通り」
「こんな時に………もう、混乱させないでよ……」
「こんな時だからこそ、だよ。確実に獲物を仕留めるには、瀕死のところを狙うのが一番だ、って言うしな」
「……それ、誰かの格言かなにか?」
「違うよ。俺が今作った」
「でしょうね。馬鹿っぽいもん、それ」
「はは、ひどいなあ」
「窮鼠猫を噛むって言葉知らないの? 瀕死のケモノが一番怖いんだよ…」
「あれ、噛む力なんて残ってるのか?」
「………残ってないね」
「それじゃダメだな苗字さん。オレの勝ちだ」
「………死んじゃ困る、とか言っておいて、殺す気まんまんじゃないですか……」
「大丈夫、痛くはしないから。優しくするから」
「なんかそれ新開くんが言うと違う意味に聞こえるよ………」
「どういう意味だよ」


「…………………結局一人にはしてくれないんだね………」


「……空気になるから、オレ。気にしなくていいよ」


「散々混乱させといて、今更空気になるとか、無理だから………」


「任せとけよ。存在感消すのには自信がある。……だから、苗字さんは思う存分泣けばいいさ」


「あはは……………」


「……………」


「……………」


「………………う、ぐ、…っ、うぅ……!」


あーあ……。

ほら、もう、一人にしてくれないから泣けてきたじゃないか。やだなあ、男の子の前で泣くだなんて。情けない、みっともない。

大好きだった彼の顔が、浮かんでは消えていく。彼との思い出も、全部涙と一緒に流れていく。ああ、こうなってしまうのが嫌だったから、泣きたくなかったってのに。あんなこと言われたら、こらえきれないよ。

隣の新開くんは、本当に空気になったかのように、何も言ってこないで、じっとそこに佇んでいた。


癒えることのないように、深く深く傷つけた心。


………もう、いいや。


初恋に敗れて死にかけの、こんなにみじめでみすぼらしい私を、それでも優しく殺してくれるというなら、それもいいのかもしれない。彼に身を委ねるのも、悪くないかもしれない。

傷口に銃口突っ込まれて、そのまま引き金を引かれて、心ごと全部粉々に吹き飛ばされてしまうのも、いいのかもしれない。


――――いつかそう、彼にそれをちゃんと頼める日が来ればいいな、と、ぼろぼろになっていく初恋の記憶の隙間で、ちらりと考えた。



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