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好きなものを語らせる


隣の席の青八木くんは、とってもとっても無口な男の子である。

彼のお隣さんになってもうかなり経つけど、会話が弾んだと思えるようなことは一度もない。大体、私が一方的に絡んでは、彼が相槌を打って、それで終わり。青八木くんから私に話しかけてくれたことはない。

……でも、めげずに何度も何度も話しかけた結果、ほんの少しではあるものの、私達の距離は縮まった気がする。うまく説明できないんだけど、受け答えの間とか、青八木くんの声音とか。そういうのが、親しい人喋る時のそれに近づいていってる感じがするんだ。以前までは入れなかった青八木くんのスペースに、彼の世界に、なんとなく、足を踏み入れてるような気がするんだ。

というわけで、そうなってくるともっと仲良くなりたい欲が出てくるのが人間というもので。
私はどうしても、彼を笑わせるという夢を諦めることができない。そこまでユーモアセンスのある人間じゃないから爆笑は無理だと思うけど、純粋な心からの笑顔なら、まだ可能性はあると思うのだ。

そして私は考えた。
今回はずばり「好きなものを語らせよう作戦」だ。
好きなものについて語る時って大体みんな笑顔にならない? 俳優でも漫画でもアイドルでも食べ物でもさ。私だってオジサマ俳優について聞かれたら多分ヨダレが出るぐらい口元を緩めて3時間は余裕で語れる。

しかもこれ、私もうすでに勝機見えてるんだよね。

「―――ねえ、青八木くん」

話しかけると、彼はすぐにこちらに反応してくれた。

「自転車について……語ってくれない?」

「…………」

「ロードレースの魅力とか、楽しかった思い出とかなんでもいいんだけど。とにかく語ってくれない?」

「…………」

いきなりどうしたんだこいつ、という目で見られているが、私は引かないぞ。あなたがめちゃくちゃ部活を頑張ってること、私は知ってるのだ。

「………いきなりそんなことを言われても」
「だよねわかった。じゃあ質問を絞ろう。ずばり青八木くんと自転車の出会い! これから行こう。はいお願いします!」
「………聞いてもつまらないと思うぞ」
「全然大丈夫ウェルカム! 青八木くんが長く喋ってくれるってことだけで私は大興奮だからね!」
「! ………」
「できればこう、当時のことに思いを馳せて、できるだけ感情豊かに喋ってくれるといいな!」
「………わかった。オレが自転車を始めたのは――――」


そしてその10分後。

(わ…………笑わねえ………ッ!!)

確かに青八木くん、感情を込めて話してくれてる気がする。お話自体もとても興味深いし、青八木くんのルーツを教えてもらって素直に嬉しい。だけど考えが浅かった。この人が自転車に賭ける想いって趣味とか『好きなもの』で表されるものじゃない。本気なんだ。ガチ勢なんだ。だから、笑顔になってデレデレ語ってくれたりはしないんだ……!!

でも、目論見は外したけど……。

「……ほんとに青八木くんすごいね。話してくれてありがとう。もうリスペクトだわ、私感動したよ………」
「…………」
「私、応援するからね!! 絶対青八木くんならインターハイ優勝できるよ!!」
「……………………ありがとう」

思わずぐっと拳をグーにして意気込んだ私に、青八木くんは戸惑ったように目を逸らして、ポツリとそう呟いた。うんうん、とても良い話が聞けた。

って待った。苗字司令官、作戦はまだ未遂行であります!! まだ時間は残されております!! 撤退をするには早いです!!

「じゃあ青八木くん、もうひとつ教えてもらっていい?」

「………なんだ」

「青八木くんの好きな食べ物ってなに!?」

「…………、…………梅おにぎり」

「…………………………そっか」


だっ、ダメだァ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

私は机の上で頭を抱えた。絶対ダメだろこれ。彼にこのまま梅おにぎりについて語らせても笑顔になる展望ぜんっぜん見えないわ!! てかほんとに梅おにぎりなの!? 多分もうちょっとあるよね!? ただ頭に浮かんだ食べ物答えただけじゃないの!? それ今日のお昼ごはんとかじゃないの!?
まだ……っ! まだ時間はあるぞ私!! 諦めたら試合終了って安西先生も言ってたじゃないか!! え〜いこうなったらもう……彼に全部投げよう!!

「じゃあさ青八木くん!!!」

「…………なんだ」

「青八木くんの好きなもの教えて! なんでもいい! あ、さっき聞いた自転車と梅おにぎりは除外した上でね。今青八木くんが夢中になってるものがあったら、教えてほしい!」

「! ………、夢中に………」

身を乗り出してそう尋ねると、ここで彼は初めて反応らしき反応を見せた。動揺したのか私から目を逸らしてそわっと身動ぎすると、また私のほうをチラリと伺う。……なんだか妙に狼狽えてる?

「……………」
「……………」
「……………」
「………あ、青八木くん………?」

前を向いて沈黙してしまった彼にそう呼びかけると、ぼそっと独り言のような呟きが聞こえてきた。

「………、オレの、好きなもの………それは……」

「! うん」


「……………苗字」


「――えっ、」


「………が、毎日オレにしてくる妙な絡み」

「………」

「………に、応じてるこの時間………かな」

「…………」

「…………苗字? どうしたんだ?」

「……………いや、」


―――死なせてほしい。

一瞬でも変な勘違いをした私を誰か殺してほしい。

心の中で大きくうわああああああ! と叫んで、私は机に突っ伏した。顔が一気に熱くなってきて、このままだと青八木くんにそれがバレてしまいそうで、いやもうバレてるかも、ああもう、ほんと恥ずかしい。むり。だってあんな風に名前を呼ばれたところで止まられたら、誰だってそう勘違いしちゃうでしょ!

しかも………しかも!

あの一瞬、私の名前を呼んだ瞬間。

青八木くん、私の方を見て……ほんの少しだけ笑ったんだ……!

いつも固く結ばれたその口元が不意に綻ぶのを見た瞬間、心臓がドキンって、飛び上がるぐらい跳ねた。
そして、そこからの急降下だ。なんちゅージェットコースターだ。もう落差で息も絶え絶えだ。青八木くん、恐るべし。

でも青八木くん、あの時頬がちょっと赤かったように見えたのは、私の気のせい……かなぁ。

ていうか私………彼のあの一言にここまで感情ジェットコースターになるって………それってまさか。



「………………苗字、大丈夫か?」

「…………うん、ヘーキだから、何も気にしないでください…………」



―――隣の席の青八木くんは、いつの間にか私の心を大きく占領する存在になってしまったらしい。

もっと仲良くなりたいけど、今ので気がついてしまったこの感情についてちゃんと処理しないと、私はしばらく彼とまともに向き合って話せなくなる気がする。

先ほどの彼の笑顔を再び思い出して、小声で「うわぁぁ〜〜」と悶絶しながら、私は突っ伏したまま足をバタバタさせるのだった。





「(やっぱりまだ言えない、よな……でも苗字、耳まで赤くなってる。これは脈があるのか……?)」

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